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第11話 抱かれる疑惑。 揺らぐ気持ちと蠢く闇と。

 盗賊がいるかもしれない。そんな不穏な報せを村長とともに村に伝えて歩く。ついでにまだ挨拶を済ませていなかった家に顔を出して、仲間入りすることになる旨を伝えていった。茜は念のため家の方を任せることにしたので、先に帰らせている。

 この村の産業は農業を主体にしながら、持ち回りで近隣の森で狩を行い、閑農期で手がける加工品や工芸品作りを行なっている。農地はそれなりに広大で、それに合わせて家を建てるため、お隣とかお向かいというような、所謂ご近所さんとなる家もやたらと離れていたりする。で、そんな広大な敷地をどうやって守るのかが不思議だったのだが、どの家の村人も話を聞いた後に村の中心へと向っていったので、恐らくは避難という概念があるのだろう。一応ブルーノに聞いてみたら、やはりそういうことらしく、今回のような盗賊騒ぎや厄介な害獣が現れるなど有事の際には、中心部にある商店街や村長宅、そして集会所に集まってお互いに身を守ることになるらしい。その際農地は放ったらかしになってしまうが、命には代えられないのだ。まぁ、盗賊がたちに一々村中の畑を荒らされるなんてこともそうあることじゃないらしいので、余り気にはしなくていいのだろう。

 そして女子供は避難所の一箇所に集め、その周りを村の男達が囲って守ることになる。今日は夜を徹して盗賊を警戒することになるので、俺も参加することになるのだろう。


「少々急ではあるのだが、念の為冒険者の手も借りようと思っております。後ほど隣の村まで使いを出しましょう。」


 一通り避難勧告が終わった頃、ブルーノの口から気になる単語が飛び出す。冒険者。何そのファンタジー感溢れる単語は。


「この村はまだギルドができていないので、少々対応が遅れてしまうのが難点なのだが、冒険者が来ていただけるまで持ちこたえれば我々の勝利ですからな。」


 どうやらこの世界には冒険者という制度があるらしい。俺は茜ほどファンタジー物に明るくないので、ブルーノに説明を仰ぐことにした。それによると、彼ら冒険者は報酬で動く、所謂傭兵のような人材ということらしい。というか、傭兵が冒険者の一業務なのであって、冒険者と一言で言ってもその成り立ちはそれなりに複雑なのだとか。たとえば未開地やこれから赴く土地の調査や探索を主に行なう探索者、ならず者を追いかけそれを捕らえる賞金稼ぎ、害獣や魔獣なんかを間引いたりその素材を集める狩猟者、そして、人の財産や村落、あるいはその移動を護衛したり、時に戦場に赴くことになる傭兵だ。これらの部門は明確に分かれているらしく、それぞれ得手不得手を分業することでスムーズに市井の人々の望みをかなえる機関として存在しているらしい。

 で、今回は村を盗賊から守るという依頼を隣村にある冒険者ギルドに届けに行くことになるらしい。村に来るのは恐らく賞金稼ぎか傭兵だろうということだ。


「こういった緊急依頼は緊急分の手当てが発生するので安くは無いのだが、背に腹は変えられん。」


 たかが盗賊とは言うが、現代日本のことに置き換えれば、刃物を携えて殺す気で掛かってくる強盗複数人を相手取ってそれを制圧しろというような無茶振りだ。そんな事をできる一般人なんてものはまずいないだろう。しかも、そんな連中から自分はもちろん、家族や財産も守らなきゃいけないわけで。そう考えたらこれだけ緊迫するのも分かるというものだ。隣を歩くブルーノの顔も先ほどから渋いままだし。なので、念のためにその手の戦闘のプロを雇い入れるということなのだ。


 そうして、一通り避難勧告が終わった頃に俺はブルーノと別れ、自分の家へと戻ってきた。


「ただいま。」


 ドアを開けながら中にいるであろう茜に声を掛け、帰宅を告げる。


「あ、おかえり~。村の様子とかどうだった~?」


 茜はダイニングの一角で俺たちの荷物を箱につめ、それを縛り上げていた。鍵つきの箱とか金属製の鎖なんてものはこの村では手に入らなかったので、止むを得ず荒縄で縛り付けることしか出来なかったようだ。あんまり防犯の意味は無いのかもしれないが、何もしないよりはマシだと思いたい。

 作業を一通り終えた茜に、俺は村で見聞きしたことを話していく。有事の避難場所や防衛体制、そして冒険者の話などを伝えていく。


「冒険者! やっぱりファンタジーキター!」


 思ったとおり、冒険者のくだりで茜は大はしゃぎだ。自分が知っていた物語に登場する冒険者との違いをいろいろと聞いてきた。俺も話を聞いたばかりなので、答えられることは限られるのだが、それも気にしないでどんどんと質問を重ねる茜。そうしてその内


「わたしにも出来るかぁ? でも畑もあるし……」


 等と物騒なことを口走り始めたので、話題を変えるため避難の話をすることにした。


「とりあえず女子供は今日のところは集会所に集まることになっているらしいから、茜も適当に荷物を纏めて移動しておいて欲しいんだ。」


 一応、限りはあるのだがある程度の財産を持っていくくらいは出来るらしいので、茜にはロイドとの約束の品と幾つかの貴重品とか日本の荷物なんかを持っていってもらうことにしよう。


「……秋也さんも見張りに立つの?」


 最後に村の防衛の話になって、茜は表情を暗くする。やはりというか、命に関わる可能性もある以上、茜は不安になっているようだ。


「……大丈夫だ。茜を残したまま死ぬつもりは無いから。なんとしても生き残るさ。」


 根拠は無いが、茜を不安にさせない様に意気込みを伝える。危機的な状況かもしれないが、俺は自棄になって特攻する気はさらさら無い。

 それでも不安はあるので、ブルーノにはぽっと出で村に来たばかりの、戦闘経験なんかまずありえない俺なんかが参加しても大丈夫なのかと、疑問に思って聞いてみた。すると、先頭に立つのは何度か経験のある古参の村人や猟師を生業にしている者で固めて、それ以外は見張りが殆どになるとのことらしい。前衛が斃れたら文字通り最後の壁になるわけだ。

 くどいようだが、俺には戦闘なんかできない。精々全力で逃げるくらいだろうか。一人だったらそれもありだろうが、俺には茜がいる。そして、成り行きとはいえ住む場所も得てしまった。何かと気を使ってくれているブルーノとこの村を放って逃げるという選択肢はもう無い。


「うん。信じて待っているから。」


 不安そうな顔を、ぎこちない笑顔で何とか繕いながら、俺の手を握る茜。彼女の為にもなんとしてでも生き延びたいところだな。彼女のを見知らぬこの地で未亡人にはしたくないし。

 大げさな表現かもしれないが、妻に見送られて戦地に赴く夫というのはこういう気分なのだろうか。


 その後、荷物を纏めた茜と一緒に、俺たちは避難所になっている村の集会所へと向った。



◇◆◇



 日が傾いて、もうじき日暮れかという頃、茜は荷物とともに集会所へと向かい、俺は村にある唯一の食堂へと赴いた。日中は食料品店として店を開き、村で収穫された野菜やそれらの加工品の他、調味料と酒などの嗜好品の取り扱いから食肉の解体までを一手に引き受けているらしい。で、日が暮れた後は村人の為の食堂、というか酒場として空けているようだ。

 俺は日中は開かれていない店内の様子を窺いながら、その扉を開いた。食堂の中には既に村長ブルーノの他、何人かの村の男達が集まっていた。皆表情は硬く、緊張した面持ちでそれぞれ持ち寄った武器の手入れをしている。

 テーブルに広げられたのは、映画や漫画あるいはゲームでしか見たことの無いような武器の数々。といっても、傷だらけで刃こぼれの目だった刀剣とか、柄がささくれ立ってる古そうな短槍だとか、使い込まれた短弓だとか、どちらかといえば日常で使われる道具か、もしくは長いこと使われていなかったものを何とかかき集めてきたという感じがする。


「あぁ、シューヤさんも来ていただけましたか。」


 扉を開けた音に反応して皆が顔を上げ、こちらに気がついたブルーノが声を掛ける。


「皆も少し手を止めて話を聞いてほしい。こちらの青年は昨日この村に越してきたシューヤという者だ。何人かは既に顔を合わせていると思うが……」


 食堂に集まっている男達は、日中に村を回っているうちに顔を合わせているが、それでも何人か知らない顔がある。しかし、どの男もがっしりとした体格に厳つい顔で、俺は軽く萎縮してしまう。やはり開拓村の仕事ってのは力仕事が多くなるからか? 俺もそれなりにスポーツをいろいろやってはいたが、身体の造りはまるで違う。結構年配の方もいるから、長年の鍛錬の賜物なんだろうな。そんな事を考えている傍らで、ブルーノはまだ顔合わせを済ませていない村人に俺のことを軽く紹介し、改めて盗賊騒ぎの話し合いを始めた。


「ホレス村の使者が訪れたのが今日の昼ごろで、その時点で何人かに村周辺の見回りをさせては見たのだが、周りにそれらしい影は無かったということだ。だが、念のため今夜と明日の夜は交代で見張りを立てることになった。村を守る為に、どうか皆の力を貸してほしい。」


「いや、自分達の村を守るんだからそんなに畏まらなくていいってことよ。」


「あんたの親父さんにはいろいろ良くして貰ったからな。その恩を返すだけよ。」


 村人達に頭を下げるブルーノと、それに対して気にするでもなく言葉を返す男達。若干蚊帳の外になってしまった疎外感が凄まじいが、新参の俺には分からない、深い話があるんだろうな。

 親父さん、という単語から、ブルーノは二代目の村長なのだろうかということが窺える。立場の割に若いとは思っていたが、本当に若かったのだ。周りの人達が彼を慕っているのを見ると、先代の村長もまた皆に慕われていたのだろう。ホレス村のジジイは少しは見習って欲しいものだ。


「よう、新入り。戦いは初めてか? ずいぶんと硬くなってるようだが、そんなんで大丈夫か?」


 不意に後ろから声が掛かる。振り返ってそちらを見やれば、輪から離れて作業をしていた村人の一人が居た。


「折角村に越して来たのに、歓迎する前にこんなことになるなんて、アンタも災難だな。」


 そこにいたのは、茶色の髪と、色を同じくした髭を蓄えた偉丈夫だった。背こそ俺と大差ないが、ハードな日常の中で鍛えられたのであろう筋肉がその体格を強調している。そして、そんな厳つい外見に似つかわしくない獣耳が、彼もまた獣人族であることを雄弁に語っていた。


「全く、折角の新世帯の歓迎で宴会が出来るかと思ったのによう、ホント盗賊ってのは碌な事をしねぇ。」


 俺に話しかけてきた獣耳の男は一方的に喋りながら、盗賊への恨み節を吐く。というか、個人的な鬱憤がこめられているような気もするんだが。なんだよ宴会って。


「確かに災難かもな。俺は秋也。さっき村長から紹介があったが、昨日越してきたんだ。急なもんで挨拶が送れて申し訳ない。」


「おう、そりゃどうもご丁寧に。オレはデレク。この村で猟師をやってるモンだ。」


 獣耳の男ことデレクは自身の弓と剣鉈を見せながら自身の自己紹介をした。髭のせいで都市が言っているように見えるが、目元はそれほど老けているようには見えないから、この男もまたそれなりに若いのだろうということが窺える。


「盗賊なんて、此処何年も見ていなかったからなぁ。経験者はいきり立っているが、未経験者は見てのとおり縮こまっちまっててな。こうして声を掛けているのさ。」


 そういって顎で部屋の隅をしゃくるデレク。その先にはやはり若手なのだろう、若い男が一人青い顔をして佇んでいる。彼もまた俺と同じように、戦闘そのものが未経験なのだろう。体格もそれほどしっかりとしていないので、前衛に刈り出されることは無いだろうが、それでも緊張のせいかその表情は優れない。


「彼のほうには行かなくていいのか?」


 俺も緊張していないといったら嘘になるが、腹だけは括っている。俺よりも、今にも倒れそうな隅の彼のほうを気遣ったほうが良いかとは思うんだが。


「いや、良いのさ。オレはアイツよりもアンタが気になるんでな。」


 そういって、デレクは鍛え上げられた太い腕を俺の肩にかけて顔を寄せてくる。


「……おい。言っておくが、俺はその気は無いぞ。」


「そいつは奇遇だな。オレも同じだ。」


 いきなりのスキンシップに、不快感を隠さずに言葉を放つ。しかし、デレクは俺の言葉を意にも介さずに至近距離で睨みつける。拒絶の意思を伝えておいてなんだが、目の前で俺を見つめる新緑の瞳には、そういう好色なものではなく、敵意にも似た色が浮かんでいることに気づいた。


「……突然の新参者に、タイミングよく現れる盗賊。疑わねぇ奴はいねぇよ。言ってる意味分かるな?」


 肩に回されたデレクの腕に力が込められる。視線には殺気すら混じり、俺は身じろぎ一つ出来なくなっていた。あぁ、デレクの言い分は分かるとも。一応危惧はしていたからな。こういいたいんだろう。「お前達が手引きしたんだろう」と。その口ぶりから恐らく、そう思っているのは彼一人ではないのだろう。で、困ったことに俺たちにはそれを否定するに足る証拠が無い。俺一人が疑われる分には構わないんだが、その矛先が茜に向けられたら……今はそうならないよう祈るしかないか。この疑惑の目を払拭するには、盗賊を何とか捕らえてその関与を否定するしかない。

 

「村長はお前らを疑うなとは言ってたけどよう。オレは騙されねぇ。お前が何か妙なことをしねぇように見張っておいてやるから、そのつもりでいろよ。」


 それだけ言って、デレクは腕を放し、集会所の集まりの中へと紛れて行く。本気の殺気を向けられたのは茜の結婚挨拶に義父に会いに行ったとき以来か……いや、それ以上の迫力だったな。全く体が動かせなかった。情けないもんだな、ホント。

 とりあえずあらぬ疑惑の目が向けられているということは、俺には満足な武器なんか回ってこないし、後衛で見張られることになるのかも知れない。生存率は上がるのだろうが、疑いが晴れなかったらそれはそれで恐ろしいな。

 まったく、面倒事が尽きないお陰で退屈しないな、異世界って奴は。


 ふと、窓から外を見やれば、太陽はすっかりと沈み、夜の帳が下りていた。明かりのない村はさらに闇へと包まれていく。



◇◆◇



 夜が更けて空に星が煌き出しても、村の広場から篝火の灯りが絶やされることは無く、定期的に見張りに向う男達が殺気だった面持ちで村を何度も行き来している。その中に秋也さんがいなくてホッとしつつ、次は見張りに立つのかも、もしかしたらいきなり戦闘になるのかも、そんな事が頭をよぎって、思考はよりネガティブな方向に向ってしまう。

 集会所の裏手にある炊事場で、村の男達のために振舞う為の炊き出しの準備を手伝っているが、不安な気持ちは拭えないままで居た。周りの人たちも同じような気持ちなんだろうか。

 それでも、こうやって数世帯の女達が集まって一斉に煮炊きをしている様子を見ると、お母さんの田舎で見たお祭りの準備光景に似ているような気がして、不謹慎だけどなんか楽しくもなってきた。

 いくつも用意された大きな寸胴は、並べて火に掛けられ、何人かの人たちがその火の番をしている。それに平行して食器を引っ張り出して磨いている人、わたしと同じように野菜や肉を切り分けている人、薪や食材を運び入れる為にあちこち行き来している人。仕事はたくさんだ。

 煮込み料理のために用意された野菜――細長い白ニンジンのような何か――を刻みながら、昔見た光景に思いを馳せる。皆命がけの筈なのに何処か楽しげで、炊事場はホントにお祭りを始めちゃうんじゃないかって位の賑やかさだった。

 

 ただ、盗賊が出るかもしれないという非常事態への対策の一環でもあるため、この騒ぎはこの一夜では終わらないらしい。今日は初日だから皆で一斉に始めているけど、明日以降は交代しながら気を張っている男達を支える為に裏方作業を続けることになるのだとか。短期間で住めばいいけど、長引くと精神的に堪えそうだね。作物の種植えや畑の手入れもあるから、長引けば長引くほどいろんなところに悪影響が出ちゃう。なるべく早めに片が付けばいいのにと願わざるを得ない。


 しばらく野菜を刻んでいると、ついに手元の野菜がなくなった。


「次はどうしましょう?」


 野戦陣地のような喧騒となった炊事場で、流れを指揮している女性の元へお伺いを立てる。


「あぁ、手際が良いんだねぇ。後は具材を煮込むだけだからしばらくは休んでいて構わないよ。」


 この人は村長さんの奥さんのコンスタンスさん。ブルーノさんと同じく、まだ若いのだが、生まれも育ちもこの村らしく、回りの人たちも顔見知り同士なので何かあったときには村の女衆を束ねるまとめ役を買って出るのだという。そして、その仕事ぶりが的確なこともあって、若年層はもちろん年配の方々からも信頼が厚いらしい。

 ちなみに、わたしのことも炊事場に入る前に紹介してくれて、作業している間も何かと世話をしてくれたので、わたしは気楽に自分の作業に没頭できたのだ。


 ふと集会所のほうを見やると、賑やかな笑い声が聞こえる。あちらはあちらで盛り上がっているみたい。


「全く、これじゃ宴会と変わんないね。まぁ、さすがに酒は出さないけどさ。」


 わたしと同じような感想を持ったらしいコンスタンスさんは、ため息交じりで呟く。


「あたしらの日常なんてのは平穏無事なことが多いからねぇ。命のやり取りがあるかもしれないってんで、妙にいきり立って高揚しているのも分からないでもないんだけどねぇ……あたしらとしては、誰一人欠けることなくやり過ごしてもらいたいってモンさ。」


 あの明るそうな笑い声や、時折上がる雄たけびは、恐怖とプレッシャーに押しつぶされそうになっている男達が、自分を鼓舞する為にやっているらしい。それは村を、自分の命を、そして家族の命を守らなければならないのだからだろうか。


「秋也さん、大丈夫かなぁ……」


 一応、前衛にはならないとは聞いていたけど、あの妙な空気に呑まれてへんなことにならなければいいのだけれど……


「ま、あっちはあっちでうまくやるだろうさ。とりあえず、アカネも少し身体と気分を休めてきなよ。」


「はい、では少し。」


 上役に休めといわれたら、素直に休む。それが円滑な人間関係のコツかな。日本だったらその限りでもないだろうけど。

 わたしは炊事場を抜けて村の広場へと向う。今回の防衛の中心らしく、何人かの村の男達とその家族だろう女が集まっている。


 空いている椅子に腰を下ろしながら、所在なさに空を見上げる。頭上には星空が広がっているけど、やっぱり此処は地球じゃ無いんだねぇ。天の川らしきモノこそ見えるけど、比較的見つけやすいはずのオリオンもカシオペアも、北斗七星も無い。そして極めつけは月の模様だった。そこにあったのは見慣れたウサギさんではなく、巨大なクレーターのような模様だったから。


「やっぱり異世界なのかなぁ……お父さん達、心配してるかなぁ……秋也さんに変な矛先とか向わなければいいんだけど……」


 わたし達が今ここにいる、ということは、今の日本でわたし達は忽然と姿を消していることになる。車のトランクを開けたまま姿を消したってことになるから、謎の怪事件として報道されているかもしれない。

 ……お父さんとお兄ちゃん、血の気が多いから逆に心配だよ……確か秋也さんが挨拶しに行ったら、何故か殴り合いに発展して、その後は肩を組みながら晩酌してたっけ。以来仲は良かったけど……


「せめて手紙でも届けば……って、あれ?」


 帰れない故郷の家族に思いを馳せながら、ふと目線をわたし達の家のほうへ向けると、何かが動いているのが見える。小さなともし火のようなものも見えるということは……人?


「ねぇ、あれ何?」


「どうした!? 何かあったか?」


 まさかと思い、見張りをしている村人に声を掛ける。わたしの声に即座に反応して見張りの人も、わたし達の家の方を見る。しかし……


「……良く見えんな。何かあったのか……」


「人影と、後小さなともし火みたいなモノが!」


 わたしの目では今も見えるそれを、何とか伝えようとするが、見張りの人にはどうやら見えないらしい。

 

 ……! そうか! わたしの視力が良くなりすぎたんだ! 此処は光源が近いから、遠闇の向こうが良く見えないみたい。


「ちょっと見てきます! 念のため、他の人たちにも知らせて置いてください!」


「あ、おい!」


 それだけ言って、わたしは自分の家へと向かい一気に駆け出す。危険なのは分かっている。だけど、あそこはわたしと秋也さんの新しい家なんだ。不貞な輩に土足で入り込まれたくない! そして何故か、わたしの中で血が騒いで止まらないの。

 全く、そんな場合じゃないのに楽しくて仕方が無いや。異世界の空気がそうさせるのかな。


 背後では、俄かに騒がしくなった村人達の喧騒が遠のいていくのを背中に感じながら、わたしは闇へと向かい走っていった。

白いニンジンという表記がありますが、実在します。

白いと大根っぽいと思う方もいるかもですがニンジンはセリ科、大根はアブラナ科なので、全く別の野菜です。



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