私は、ミジンコ。水溜りの中で生きていくの。
上を見上げれば、光がゆらゆらと揺れる水面が見えた。
体は宙に浮かぶように、緩やかな流れに漂っていた。
「気がついたら水中ってどういうこと?」
息できない! ……ということはなかった。
「ここはいったいどこなのだろう」
浮遊生物のように水中をさまよっていると、ゲル状の不定形な生き物が登場した。
「スライム? 最初に出会うモンスターがスライムだなんてRPGの基本だな」
そう思いながらも、私は漂っていた木の欠片だか繊維だか、よくわからない固めの棒を手に取った。
スライムは弱く、叩いただけでその命は散ってしまう。しかし、分裂こそしないまでも、次から次へとやってきた。きりがない。
「あぁ、数が多すぎる。なんかこう、魔法でばーんとやっつけられないかな。『ファイヤー』とか言って」
私は手を前に突き出して、妄想した。
―――なんか、でた。
世界が、世界が沸騰していく!
結果、道端の水溜りがひとつ、世界から蒸発したのだった。
「……あぁ、何もなくなっちゃった」
おそらく、この周辺に住む生物はほぼ全滅しただろう。
私はと言うと、しばらく青い空を見ていた。
世界から水が消えて、私は動く気もうせて……というか、動けなかったのだ。
魔法を使ったので、疲れたのかと思ったが、そうではない。もがくことはできるのだが、どうもこうも移動することができないのだ。
――ああ、青い空がきれいね。
動けないのをいいことに、久しぶりにのんびりと空を眺めてみた。
――あぁ、星がきれいね。
何で、私はここにいるのかな?
考えてもわからない。
魔物はいる、魔法は使える、そして何よりも気がついたら水の中にいて、水がなくなると動けなくなった。
「このまま、干からびて餓死して、死んじゃうのかな?」
あぁ、運が無いなぁ。
しかし、この干からびた大地に3日ほどいたが、死ぬことは無かった。動けないだけで、体はしっかりと健康体のままだったのだ。
そして、3日目の昼。
空は雲に覆われて、水が降ってきた。
再び水に包まれる世界。
すると、私は動けるようになった。
「水があるところしか移動できないのか」
もしかすると、私は熱や乾燥に耐性のある水棲生物になったのかもしれない。
「そういえば、私は魔法の使えた……」
私はそうつぶやいて、気がついた。
「魔法で水作ればいいじゃん」
そう、水で身体を包んで、空を飛ぶ魔法でも使えば、水の外でも歩けるのではないかと思いついたのだ。
「何でもう少し早く気がつかなかったかな」
私は、魔法を使い、水の外の世界へと旅に出た。
――外の世界も魔物にあふれていた。
「でたな、化け物!」
迷い込んだ白い草むらを歩いていたら、巨大な節足動物が目の前に現れたのだ。
それはクモのようだが4本足で、頭は小さく、腹は丸みを帯びた昆虫であった。
「いかにも血を吸いそうな、感じの虫ね。あ~気持ち悪い」
近づくのも嫌な造形なので、遠くから燃すことにした。
「ファイヤー」
必要最低限の炎を投げつけると、魔物は炭になって崩れた。
「だいぶ魔法もうまくなったわね。それにしても、この草むらはいつ抜けるのかしら」
しばらく、白い草原をさまよっていると、初めて人とであった。
「君を迎えに来たんだ。君も、気がついたらそうなっていたのだろう?」
彼の言葉に私は頷いた。
「近くで魔力を感じたから、探しに来たんだ」
彼が言うには、私のように気がついたら、見知らぬ場所にいた人たちが集まる町があるらしい。私は彼の誘いに乗り、その町へ行くことにした。
「今から、移動魔法で町まで飛ぶよ」
私は町にあっという間に着いた。
「ここが僕らの町さ。今は100人ほど生活しているんだ」
水の中に町並みがあった。この町は、魔物除けとか乾燥防止の結界がはってあるらしい。
「おぉ、新入りさんか!」
「そう、猫の体表で迷っていたんだ」
「え? さっきのところ、猫ちゃんの上だったのね?」
「そう、だからあそこはダニだらけだ」
どうやら、私の身体は微生物並みに小さくなっているらしい。
「ここが地球なのか、そうではないのか、僕らには小さすぎてわからないんだ。でも、魔法が使えるっていうことは、地球では無い可能性が高いというのが、今の僕らの見解なんだよ。僕らは仲間を探している。たくさんの事例が集まれば、僕らが何なのか分かるかもしれないから」
彼の話から、学ぶことは多かった。
魔法が使えること、襲ってくる微生物がいること、体が小さいこと、水に包まれて無いと移動が困難なことを除けば、人間であったときと変わらない生活ができた。
「でも、本当にゲームみたいな世界ね」
「そうだろ? 魔法とか魔物との戦闘とか、本当にどうかしているよ」
彼はそういうと肩をすくめる。
「私は、こういう世界も悪くないと思うけれどね」
私は笑って見せた。
分からない事だらけで大変だが、魔法に魔物に現実味を帯びていない現象は、なんだか刺激的でステキだったのだ。
私は、その町に暮らし始めた。第2の故郷である。
結界を張っていても、時々侵入してしまう微生物をけちらしながらも、小さくなる前と同じような生活を送り、平和な町で暮らしていた。
しかし、私にはやりたいことがあった。
そして、私は決心した。
「いってきます」
私は今、仲間を探す旅に出る。
私のように、この世界に小さくなってやってきた仲間を探すのだ。
強力な魔法が使えるから、自ら志願した。それに、町へあっという間に戻れる魔法も習得したということもある。
「あまり無理はするんじゃないぞ」
「はい」
私は、水たまりの町を出た。
私が彼にしてもらったように、さまよう仲間を見つけ出すのだ。
そしていつの日か、分かる日が来るだろうか。
自分たちは、なぜ生きているのか。
何のために、ここにいるのか。
それが分かる日が、来るのだろうか。
「ま、そもそも普通に人間だった時は考えたこと無いから、答えなんて分からないものなのかもしれないね」
私は、ここにいて生きている。それが分かっているだけでも、いいのかもしれない。
私は微塵子。気楽に世界を浮遊する生物。
うん。そう、だから――
気ままに、気ままに、この旅路を歩いていこう。