4月1日
『もう行くの?』
『うん、そろそろね』
今日、ぼくは街を出る。
5歳の頃に引っ越してきて、幼馴染と毎日遊び、友達も増えて。
良いことも悪いことも沢山して、勉強に環境に対人関係に、一喜一憂して。
好きな人ができて、振られて、追いかけて、追いついて、結ばれて、離れて。
似たようなことを繰り返して。反復の中にも新しい人達に出会えたりもして。
何度も泣いて、笑って。
この地でやってきたことも、今となれば思いの外、感慨深くなってしまったもので。年をとったせいだろうか、なんて思ったりする。
『また変な事を考えている、自分はふけこんだんじゃないかー、って』
『え、なんで…』
わかりやすい、何年一緒にいると思っているの。なんていわれてしまっては、肩をすくめるしかない。
『盆と正月くらいは帰ってきなさいよ。おばさんも安心するでしょう』
『息子のことは、もうあまり心配したりはしないだろう。それに…』
思わす言い淀んで、気まずさに、辞めた。
『なによ、どういう…』
『時間だから、もう行くよ』
キャリーバッグの持ち手が、いやに冷たい。
暖かくなってきたとはいえ、この浜風が春一番の如く吹くこの土地はまだまだ寒い。
『本当はっ、本当は…ちゃんと理由を聞きたかったよ』
『え…』
『出て行くのには絶対訳があるって、だけど言えないのにも絶対理由があるってわかってるから、聞かないよ。あたしは聞かない。もうこの先、どんなに言いたくなったって、絶対に聞いてやらないんだから』
『手厳しいな、でも…』
ごめんな
ありがとう
ぼくは彼女に、ちゃんと言えただろうか。
今までにどれくらい、彼女以外にも感謝できただろうか。
今となっては、曖昧なまま。
『また、いつか』
『嘘なんかつかないでよ』
『最後まで手厳しいのな』
そんなことばかりいうお前が大嫌いだよ。
一緒にいると、ほんとうに忙しない。一息つく暇もない。
そこまでいってやりたかった、そして向こうもどやしてきて、全部笑い話で終わりたかった。
『まいったな』
なのに、言えないなって。こんな嘘。
『…ぼくは、大丈夫。絶対打ち勝って戻ってくる。時間がかかるかもしれないけれど、何年経ったとしても、この街に帰ってくるよ』
一生治らない
だけど寿命は全うできる病
何故ぼくなのか
なぜ今なのか
ずっと考えていた
『それに、』
その時は、また言いたいことがある。
叶わなくても、伝えることが、その時にきっとある。
ぼくはまた、ちゃんと言えているのだろうか。
『信じない』
『あ…』
『信じないわよ』
なんで、今日なんだろうな。
嘘をついてもいい日。
逆を言えば、本音が嘘になってしまう日。
もうこれ以上の勇気は無理だな、なんて。
ぼくのしてきた事を考えたって、それを抜きにしたって、これは仕方ないよな、なんて。
『信じないから、だから』
言葉を紡ぐその後ろには、夕焼けが見えた。
煌煌とする様は、本当に綺麗で。
『さっさと戻ってきて、嘘じゃないって証明しなさい』
ぼくはこの時になってようやく、彼女の顔をしっかり見た訳だけれど。
笑えるくらいに、いい女だった。
あれから何年もたって、残念なことに、ぼくはまだ約束を果たせずにいるけれど。
約束というよりは、あの日の嘘が、今のぼくの支えになっている。
『時間ですよ、行きましょうか』
『まだ時間じゃないでしょう、嘘はいけないな』
『これくらい言わないと、貴方はいつも遅刻してしまうんだから。いきますよ』
『はいはい』
やさしい場所
決して悪いことばかりではない
ぼくの周りは嘘で守られている
でももし、その中でも本当を探せたのなら
きっと
きっと、綺麗だ。
Fin.