支え合う為に
あれから、会話もほとんど無く、学園に辿り着いた。
遠目に見える白い霧は、今もこちらに近づいてきているように見える。
まるで今も生徒たちが通っているかのように見える、いつも通りの校舎。
けれど、ここには自分達以外の人間は存在しない。
いつか夢に見たような、世界に取り残された者達のように。
どうやら、目的の場所はこの学園の屋上らしい。
彼女に言われるがままに上を目指す。
階段を登る途中も、この場所はとても静かだった。
頭の中に鳴り響く声に混乱をして学園を出た時には気づかなかった。
人が居ないこの学園は、こんなにも静かになるのだと。
……屋上に辿り着くと、支えが必要ながらも、彼女は背中から降りて、自分で立ち上がった。
この特別な物など何も無いようにも見える屋上を、慈しむように、懐かしむように。
彼女は一度大きく息を吐いた後、こちらを向いた。
彼女が立っていられるように支えているので、どうしても彼女との距離が近いのが恥ずかしさを生んでいた。
「この場所は、私が大切なものを手に入れて、そして同時に大切なものを失った場所でもあるの」
「大切な、もの」
「そう、そしてそれは、昴もきっと同じ」
「……それって、学園に来るまでに話していたことか?」
「……それも、あるかな」
彼女は、学園に向かう途中、俺に話をしてくれた。
伝えるべきことを。
そして、話すことで彼女自身が傷ついてしまうことを避けられないことさえも。
「私は、昴のことが好きだった、でもそれは私の我儘だった。
私の我儘は、叶っても、叶わなくても、悲しい結果が待っている事が分かっていた。
それでも、私は望んでしまったんだよ、昴との明日を」
繰り返すように、彼女は語る。
俺はそれをただ聞いていることしか出来ない。
その場所に、踏み込むことが、出来ない。
「私が望んで、言葉にしたことで、私の我儘を昴、貴方は受け入れてくれた――。
そのおかげで、私達はとても短い時間ではあったけれど、恋人同士になれた。
幸せだった――。
私の人生の中で、それはきっと、贅沢すぎた時間だった。
だからこそあっという間に、その時間は終わってしまったんだよ……」
まるでその瞬間を思い返すように、目を閉じる。
その姿は、世界が終わりを迎える前に、消えてしまいそうなほどに儚くて――。
――気づいた時には、その細く、小さな彼女の事を、抱きしめてしまっていた。