それは遠い彼女の話
振り返ると、遠くは白く染まっていた。
それはまるで濃い霧のようで、その先は何も見えない。
それに包まれてしまったら、一体どうなるのだろうか。
全てを飲み込まれて、消えていったという者達と同じように消えてしまうのだろうか……。
彼女の家から出てから暫く、会話と言えるほどのものは無かった。
だからそのまま、学園に向かって彼女を背負いながら、歩き続ける。
彼女の体はとても軽く感じられるけれど、その体には温もりを感じた。
ある程度歩き続けると、彼女は家の中でしてくれていた、この世界に起きた出来事に関する説明の続きをしてくれた。
友人達との別れや、俺達以外の生きた命の話。
季節の異常な移り変わりや、不思議な校舎の話。
色々な話を感情を込めて聞かせてくる彼女の声は、耳の中に自然と入ってくるようだった。
そしてその話のどれもが、普通ではありえないようなもので、けれどそれを自然と受け入れてしまいそうな自分自身に、違和感を感じた。
彼女は話の最後に、長い間の後、声小さげに、聞いてきた。
「……ねぇ、私と昴が、恋人同士だったって言ったら、信じる?」
「それは、もしかして冗談か?」
「……………」
「そう、か」
彼女の無言が、答えだった。
好きな相手でもなければ、恐らく体を預ける事も、裸を見せるという事も、許したくはないだろう。
そう考えると、確かに彼女が初対面から、俺に心を許していたように感じたのも納得が出来る。
けれど、今はその時の記憶が残されてはいない。
自分の記憶が、きっと、大切だったはずの記憶が、消えてしまった理由とは、一体なんなのだろうか。
そしてその答えを、彼女は知っているのだろうか。
今のままでは、また彼女が俺の事を好きになってくれたとしても、応えられる自身がない。
それとも、まだ好きでいてくれているのだろうか。
俺は、もう一度最初から、やり直すことが出来るのだろうか――。