いつか帰る場所
彼女の伝えてきたことに、俺は不思議と驚くことはなかった。
まるで、最初から全てを知っていたかのように、心は落ち着いていた。
そして俺の反応を見た彼女もまた、驚く様子は無かった。
噛み合わないようで、何処か、噛み合っているような、落ち着かない感覚。
違和感を感じたのは、学園の屋上で目覚めてから。
自分の記憶が、感覚が、ずれているような。
それは彼女に出会う事で、更に強くなっていった。
そして今俺は、彼女にこの世界に起きている事を聞く事が出来た。
けれど、俺が知りたいのはきっと、そんな事ではなかった。
もっと、直接的な、自分自身の話。
そして、彼女との関係についてだった。
「なぁ、佐藤さん、俺――」
「――待って」
彼女に話しかけようとした瞬間、言葉を遮られる。
何事かと思っていると、家全体が揺れているようだった。
地震、だろうか。
少し長めの揺れが収まった後、彼女は真剣な顔をしてこちらを向いた。
凛とした表情は、可愛らしい顔の彼女とは不釣り合いに見えてしまって、あぁこれは大変な事なんだと、思わずにはいられなかった。
「昴が通っていた、学園に、行こう」
「――どうして、急にそんな事」
「多分、この場所はもうすぐ、消えてしまうから……」
もうすぐ、この場所が消える。
普通ならば、そんな夢物語のような話を信じる者は居ないだろう。
けれど、今の俺達はそんな夢物語のような世界で、二人、話している。
それならば、今は彼女を信じるしかない。
俺にも、きっと彼女にも、この世界を完全に把握することなど、出来ないのだから。
「分かった」
「……ごめんね、ちゃんと、向かう途中で出来る限りの説明はしてあげるから」
「いいさ、それより、ほら」
彼女に背を向けて、しゃがんで声をかけた。
「……なに?」
けれど、彼女は俺が何をしたいのか分かっていないようで、疑問の声を出す。
きっと、彼女の頭の中には、疑問符が大量に浮かんでいることだろう。
「何って、おんぶだよ、おんぶ。それともお姫様だっこのほうが良かったか?」
「なっ……! 歩いていけるってば、ちょっと、肩は借りるかもしれないけど……」
顔を真っ赤にしながら怒る彼女は、自分が病人扱いされていることに加えて、恥ずかしさで一杯のようだった。
とはいえ、現実的にこの場所から学園まではそれなりに距離があるように思う。
通常であれば、普通に通える程度の距離ではあるだろうけれど、今の彼女には少しきつそうだ。
だから、あえて真面目な顔で彼女に告げる。
「本当に、学園まで一人で歩いて行けるのか? まだ、体力だって回復していないだろうに、何より、佐藤さんが言った通りにこの場所がもうすぐ消えるのなら、ゆっくりなんてしていられないんだ、悔しいかもしれないが、今は俺が背負って学園まで連れて行く」
「……分かったよ」
「そうか、良かった」
渋々といった様子だったが、彼女は承諾してくれた。
普段から口下手な俺が必死に絞り出した説得が彼女に伝わって良かった。
これで彼女が納得してくれなければ、もう一緒に歩いて行く事しか出来ないように思えた。
「なんか、恥ずかしい」
「しょ、しょうがないだろう、俺だって少し恥ずかしいんだ、我慢してくれ」
彼女の体を背負うと、体が密着して、妙な恥ずかしさがあった。
彼女も、恥ずかしいと言っていたけれど、この部屋まで連れてくるまでも、同じような事をしていたはずなのだけれど、今はまた、別の恥ずかしさがあった。
彼女の家から、必要最低限、使えそうな物だけを頂いて、家の中から二人、出て行く。
「今まで、ありがとう……いってきます」
彼女は一言、家に向かってお礼を言った後に、『いってきます』と言った。
何を思って、この言葉を残したのかは、俺には分からない。
けれど、彼女がこの家に向かって言った言葉は、とても強い感情がこもっていたように思えた。