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小さな勇気

 結局、体を拭いたりするのも、一人では難しいということで、彼女の着替えを手伝う事になった。

 こちらからすれば、出会ってからまだほとんど経ってもいない相手の体を拭いたりするのは気が引けるが、そうも言っていられない。

 きっと、強く断れば彼女は諦めるだろう。けれど、それをしてしまうのはもっといけないような気がした。


「いいか? 少し、冷たいかもしれないが」

「う、うん。あんまり、強くはしないでね?」

「あぁ、分かった」


 この家のガスや電気、水道は止まっていたけれど、幸いこの家には水の備蓄が大量にされていた。

 どうしてこれだけの水が用意されていたのか、災害用の物としては少し多すぎる量だった。

 それでも、この水があるだけでも良かったのかもしれない。

 多少の食べられそうな缶詰はあったけれど、水があるか無いかでは大違いだ。


「んっ……」

「すまん、少し強すぎたか?」

「大丈夫、思ってたよりも冷たくてびっくりしただけだから」

「そうか」


 妙に色っぽい声を出す彼女に惑わされないように、けれど丁寧に背中を拭いていく。

 それにしても、彼女の体はとても細く、その背中はとても小さく見えた。

 年齢は多分、彼女の口ぶりからして俺と大して変わらないのだろうけど、一体これほどの体になるまで、どれくらいの間、あの地下の小さな部屋で眠っていたのだろうか。


「背中は、これくらいでいいか、前は自分で拭いてくれよ」

「……うん、ありがとう」


 良く分からない間があったあと、彼女はお礼を一言言うと、タオルを受け取って、自分で体を拭いていく。

 その間が、なんとなく気まずくて、俺は彼女に背中を向けた。

 その後、彼女が体を拭きながら、話しかけてきた。


「あのさ、昴」

「なんだ?」

「もし、この世界がもうすぐ無くなるって言ったら、貴方は信じられる?」


 彼女の言った言葉は、普通ならば誰も信じないだろう。

 けれど、この家の状況、そして、外でのあまりにも人の気配が無いという事実。

 それに、どうしてだろうか、彼女の言っている事が、本当なのだと、どこかで感じているのだ。

 今はもう、この家に来た時のような頭痛は無いけれど、小さく、頭の奥で、まだ叫び続けているから。


「信じるよ」

「……そっか、全然、疑いもしないんだね」

「あぁ、どうしてだろうな、自分でも良く分かってないけど、佐藤さんが嘘を言ってるとは、思えないんだ」


 どうして、こんな事を言ったのかは、分からない。

 けれど、答えを出さなければ、きっと彼女はもう本当の事を話すことは無いのではないか、なんて思った。


 俺の言葉を聞いた後に、少しの間、佐藤さんが静かな時間があった。

 二人、呼吸をする音だけが聞こえる。

 この間は、どうしてか気まずいようで、心地良いものだった。


「……ありがとう、ね」

「どうしたんだ? 急に」

「うーん、なんとなく、ね」

「そうか」

「うん」


 どうにも照れくさかったけれど、お礼を言ってきた彼女の声に、少しだけ、心臓が跳ねたような気がした。


 その後、体を拭き終えた彼女は、多少体を動かす事が楽になったようで、ある程度までは一人で服も着替えた。

 けれど、どうしてもまだ、力が入りづらいようで、俺も手伝わなければならなかった。


 服を着替えた後、彼女はこの世界に起きている事を色々と説明してくれた。

 もうすぐ、この世界が終わるということ。

 この世界から消えていった人々のこと。


――そして、彼女もまた、人々を消していく力を持っていた、一人だということを。

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