誤った感情
部屋から出たところで、ふと思い出したように彼女に話しかける。
「今更だけど部屋の外に出る。そこまでは良いんだが、この家の中はどこもボロボロだぞ?」
「本当に今更だね……。この場所の様子を見ると、どうも嘘はついてないみたいだし」
信頼しているように見せておいて、すぐにそんな言葉が出るのは、疑っているのか、信頼されているのか、わからなくなってくる。
それでも今は俺も、彼女も、それぞれを頼る以外に術が無いように思う。
この状況下では少なくとも、多少の信頼は必要なのだ。
「それで、俺はどこまで君を――。佐藤、さんを背負って連れて行けばいいんだ?」
「佐藤さん……か」
「名前を教えるのを渋るからどうしてもこんな呼び方になるんだが、ダメだったか?」
すると、彼女が俺を肩を掴む手に少しだけ力が入った。
何を思ったのだろうか、少しの間彼女は黙って何かを考えているようだった。
「……ううん、いいよ、その呼び方で。それじゃあとりあえず、私の部屋に連れて行ってくれるかな、この家を探索した時に、昴が唯一入ろうとしなかった場所、それが私の部屋」
「どうして、そんなことを知ってるんだ……」
「私は昴のしそうな事なら、なんとなく分かるんだよ?」
「そ、そうか、そうなのか?」
「そうだよ」
「そうか……」
なんとなくの納得をさせられて、本当に背負っているのか不安になるほどの彼女を背負って、階段を登っていく。
彼女は知っていたのだろうか。こうなることを。
――彼女の部屋の前に辿り着いたところで、ふと疑問に思った事を口にする。
「ところでここまで来たのは良いんだが、わざわざこの部屋に来るってことは、佐藤さんの部屋に何かあるのか?」
「何って……着替え?」
「着替え?」
「うん、私、結構長い間ずっとこの服のままだったみたいで、さすがに着替えないと気分が悪いんだよね」
「あぁ……そう」
何だかとても力が抜けたような気がした。幸い、背負っている佐藤さんを落とすことはなかったけれど。
しかし、着替えか、そうか……
「何? 見たいの?」
背中越しでも彼女がニヤついているのが分かるのがなんとも癪だったので、とにかく冷静を装って返事をする。
「いや、別に」
「えー。まぁ、嫌でも見る事になるんだけど」
……どういうことだ?
「からかってるのか?」
「そうじゃなくて、今の私だと一人じゃ着替えられないからね」
「そうか、でも俺なんかに手伝わせてもいいのか?」
「……いいよ。だって、昴だし。今はちょっとだけ、違うけど」
「なんだよ、それ」
言葉に含まれた意味を良く理解することも出来ずに、会話を打ち切るように彼女の部屋の扉を開ける。
全く、彼女はこんなに我儘だっただろうか。
そんな、何処からやってきたのかさえ分からない感情が、今の俺を、まるで縛り付けるようだった。




