またキミに会えるように
空を見れば、あれだけ輝いていた星々の光が、弱くなっているのを感じた。
実際は、弱くなっている、というよりも空そのものが明るくなっているのだろう。
きっと、夜明けが近づいているのだ。
ここに居た時間はどれくらいか分からないけれど、夜から夜明けがやってくるまでの時間にしては、少し早く感じる。
「もうすぐ、私が用意したこの時間は終わってしまって、頭上に広がる星空は見えなくなって、そして私の選択者としての役割が終わるの。けれどそれは、今の貴方との別れが近いということ。少しでも長く一緒に居たいけれど、もう限界みたい」
きっと、今までも無理をして少しでも夜明けがやってくるのを遅らせていたのだろう。
元々、この記憶が消えるまでに来るはずのなかった夜を迎えさせ、維持していたのだから、表情には出さなかったけれど、佐藤さんはとても頑張っていたはずだ。
「ありがとう、だけど――もう十分だ、十分すぎるくらいに、優しい時間を過ごせた。
今までに見たことのないくらい綺麗な夜空も見ることが出来た。
……佐藤さんとも、通じ合えた」
だから、もう無理をしなくてもいいんだと。
今まで表情に出てこないようにと、我慢していたのだろう。
喜び、苦しみ、悲しみ、色々な感情でグチャグチャになりそうな、そんな表情を見せないように。
「いつかは、やってくることが決まっていた以上、終わりはやってくるんだ。
それが佐藤さんの手で少しだけ伸びたんだ。こんなに嬉しいことはないよ。
こんなに誰かを好きになれるなんて、思ってもいなかった。
――それに、約束したんだから、もう一度好きになるって。
だから、今は少しだけお別れでも、いいよな?」
その言葉に、佐藤さんは首を振る。
もう溢れだす感情を我慢しきれずに、涙がこぼれてしまっていた。
顔は真っ赤で、なんとも情けない顔になってしまっていた。
「ダメだよ! 時間はまだ残ってるんだよ? 別れの言葉はまだ、早すぎるよ……。
私はもっと、昴と一緒に居たい、取り留めのない会話をずっとしていたい。
誰も居なくなってしまったこの世界はデートをするには不向きかもしれないから、それだけでもいい。
それだけでもきっと、私は幸せでいられるのにっ……」
そんなのは、同じ気持ちを持っているのだから分かっている。
けれど、今この時の俺はもうすぐ消えてしまうのだから、後悔はしたくないから。
空を覆う夜の空を、夜明けの空が払っていく。
あぁ、全身を包んでいるこの感覚がきっと、選択をした者が感じる感覚なんだろう。
別れの時が近いのだと、全身で感じられる。
だから、溢れだす感情に顔がグチャグチャになってしまっている佐藤さんに顔を近づけて。
――少しでも、安心させてあげられるように。
――再会の時に、素直に受け入れられるように。
――もう一度、恋が出来るようにと、願いを込めて。
「約束は絶対に守るから、次に会う俺は、今の俺とは少しだけ違うかもしれないけれど、それでも俺は俺だから。
きちんと、受け入れてくれると嬉しい」
「分かった、絶対だよ?」
「あぁ、これも、約束だ」
そして、今の俺にとっての最後のキスを佐藤さんと交わした。
それはとても優しいキスで、この時間が永遠に続けばいいと、心から思えた。
けれど、それは叶わない。
もう道を選んでしまった今の俺では、佐藤さんと共に進むことは出来ない。
だから、次に目覚めた時の俺に、任せようと思う。
空はもう明るくて、ここで一度俺の道は途切れてしまうのだろうけど。
頭の上で俺達の事を力強く照らしている太陽だとか、自分自身だとか、どこかで俺達の事を眺めているであろう名も知らない神様にも溢れんばかりの思いを力強く。
そして、俺のことをこんなにも好きになってくれた佐藤さんに。
絶対に、最後まで佐藤さんと一緒に、添い遂げるようにと、願いを込めて――。
「じゃあ、またな」
まるで遊び終わった後の別れみたいに。
また明日、会えるかのように。
その言葉に、ハッとして。
グチャグチャになっていた顔を無理やり拭い取って。
泣きそうな顔を無理やり笑顔に変えて。
「……またね!」
二人、挨拶を交わして。
意識が途切そうになる中、倒れた先では、佐藤さんの柔らかな感触。
抱きとめてくれているのだと、感じられた。
佐藤さんの優しい香りに包まれて、意識は闇の中へと落ちていった。