紫苑の約束
佐藤さんとのキスは、長いような、それでいて一瞬だったようにも感じられた。
けれど何よりも、二度目のファーストキスは心が踊った。
初めてのキスは、一体どんな味がするのかなんて良く聞く話だけれど、そんな物が気にならないほどに、複雑な自分の心が胸を騒がせた。
それは佐藤さんも同じだったようで、二人で向かい合うと、なんだかおかしくって少しだけ笑いあった。
なんとなく、二人言葉を交わすことなく、この学園の屋上という場所で、並んで寝転がって星空を眺めていた。
この場所で見る星空はとても綺麗だったけれど、佐藤さんと結ばれた後に見ると、それまでよりも綺麗に見えた。
自分の記憶が無くなってしまう事も、この世界の人達が自分達以外全て居なくなってしまった事も、いずれ世界が終わりゆくことさえも、全てが嘘であるのではないのかとさえ思えた。
ふと視線を感じて横を向くと佐藤さんがこちらをじっと見つめていた。
「どうした?」
声をかけても、佐藤さんは中々口を開かない。
けれど何かを話したそうにしているように見えたので、そのまま待ってみることにした。
すると、悩んだ様子で、重い口を開き、佐藤さんは言葉を口にする。
「こんなこと、言ってもどうにもならないんだろうし、全部、私にとっての我儘でしか無いけど。
やっぱり、私は折角昴と結ばれたのに、今の昴が居なくなってしまうのは、寂しいし、悲しいよ」
「そうだな、それは俺も同じだ」
それは本心だった。
自分で選んだことであったけれど、実際にその時が近づけば多少の不安や恐怖心も生まれてくるし、佐藤さんと結ばれたことでその気持ちはより強くなっていた。
俺と違って、佐藤さんには記憶が残り、記憶を失った俺と再開した時、俺は佐藤さんと結ばれた記憶を持ってはいないだろうし、佐藤さんへの思いも、消えてしまっているかもしれない。
けれどそれは、もうすでに決めたことであって、それを覆すことなど出来ないし、してはいけないだろうと思う。
だから、少しでも佐藤さんからその不安を取り除いてあげられるように。
「大丈夫だ」
「え?」
無理やりにでも、迷いや、自身の不安を押し退けて。
今はただ、佐藤さんにこの言葉を。
「例え、俺から色々な記憶が消えてしまったとしても、その中に佐藤さんの記憶が含まれていたとしても。
この、佐藤さんに対する俺の想いは消えないし、消させない。
だから、例え何度記憶が消えてしまったとしても、もう一度佐藤さんに出会った俺は、きっと佐藤さんにまた恋をするよ」
「……本当に?」
「あぁ、絶対だ」
「約束、してくれる?」
「あぁ、約束だ」
この時俺は、佐藤さんと交わした約束を、絶対に忘れないようにと、心の中に深く誓った。




