ふたりの時間
「これは……なんというか、すごいな」
「明かりが無いからかな、月も星も、すごく綺麗に見えるね」
「あぁ、そうだな」
電気による明かりが無いだけで、これほどにも綺麗に星が見えるなんて、思っていなかった。
突然この場所が夜になったことなんて気にならないくらいに、この景色はただ綺麗だと思えた。
少しの間、輝く星たちを二人で静かに見上げていた。
けれど、忘れてはいけない。もう選択は済まされたのだ。
自分自身がいつ、わからなくなるかさえも、もう分からないのだ。
もしかしたら、今この瞬間に自分が自分ではなくなるかと思うと、恐ろしくさえ思った。
「この時間はね、私が用意することが出来た、短い時間でしかないの」
突然、佐藤さんはそう言うと、真剣な表情でこちらを見る。
頬が少し赤く染まっているようにも見える佐藤さんの顔が、どこか気恥ずかしさを掻き立てられる。
「神様は、せっかちだからね」
そう言うと、佐藤さんは目の前までやってきて、語る。
「本当は、ずっと仕舞っておいて、伝えないでおこうって思ってた。
だけどね、昴と二人で一緒にいられたのは短い期間だったけど、それは私にとっての大切な時間だったんだよ」
「それは、俺だって同じだ、佐藤さんと一緒にいた時間は俺にとっても大切な時間だよ」
それは紛れも無い本心で、自然と口から言葉が出てきていた。
けれど佐藤さんは静かに首を横に振る。
「多分、私と昴の時間は、同じじゃなくて、私のこの気持ちは、昴とは違うかもしれない。
でも、ありがとうって、思うよ」
「きっと、今この場所で私が伝えたことは昴は忘れてしまうだろうし、こんな場面になってから伝えるのは、卑怯なのかもしれない。だからね、これは私の我儘なの」
「こんな私だけど、聞いてくれるかな? 多分これが、最後になると思うから」
どこか緊張しているような、落ち着きのない様子でそう伝えてくる佐藤さんに俺は、何と応えるべきだろう。
そんなことを考えるようになったのは、佐藤さんと共に過ごしたことによる影響なのか。
本当に、これが最後になるのだと、自分ではなんとなく分かってしまう。
それならば、必死に手助けをしてくれた佐藤さんの言葉を、最後の瞬間まで受け止めてられたらと思った。
「聞くよ、今までだってそうしてきたんだ、これが最後だとしても、それは変わらない」
「……うん」
例え、その全てを忘れてしまったとしても。