最後の選択者
「それで、答えは見つかった?」
腕を後ろに組んだ状態でこちらを見据えながら、佐藤さんは問う。
背中を冷たいなにかが這うような感覚だった。
何も迷うことは無いのだ、巡り、考えて、考えて、答えは出したはずだ。
だから、顔を上げて、正面から向き合って、話しをしよう。
「……一日分の時間を貰ったんだ、答えを出せないほうが情けないだろう」
「そっか」
そう言ってはにかんで振り返ると、佐藤さんは落下防止用のフェンスが立っている屋上の端へと歩いて行く。
端まで辿り着くと、フェンス越しに見えるであろう町を見下ろしながら。
「昴は、気づいていないかもしれないけど――見えないところからゆっくりと、少しずつ、色々な物が消えていっているんだよ」
どこか寂しそうに、けれど慈しむように。
「私も、色々と頑張ってみたんだけど、そこに人が居なければ、忘れられてしまう、触れることがなくなってしまうから。
表面だけを保つだけが精一杯だったみたい」
夕日に照らされる横顔は幻想的で、佐藤さんが何を言っているのか、理解するのは難しい。
けれど、まるで終焉を迎えようとしているにも見えるこの世界が、本当に終わりを迎えるのなら――それは、なんて残酷なんだろう。
じっと町を眺めている佐藤さんの横まで行き、自分も町を眺めてみるが、そこにはいつも通りの風景があった。
この場所から見下ろすのははじめてだけれど、どこか馴染み深い、そんな景色だ。
こちらを向くことのない佐藤さんに、思うがままに。
「この世界は、終わるのか?」
呟くように、疑問を口にした。
一瞬、佐藤さんは体をビクッと震わせた後、やっとこちらを向いて。
「終わらないよ。たとえ昴がどちらの道を選んだとしても、私がこの世界に残る限り、この世界は終わらないし、終わらせない」
その言葉は力強かった。きっと、そう確信出来る何かがあるのだろう。
だから、その力強い言葉の根拠がどこから来ているのか、聞くことはしなかった。
フェンスを背に、佐藤さんは少しの間目を瞑り、深く呼吸をした後に、目を開いてこちらを向いた。
真っ赤に染まった屋上で二人、佐藤さんはフェンスを背に、向き合って。まるで映画のワンシーンのようだった。
これから、告白シーンでもはじまるかのような、緊張感が漂っていた。
「もう、選択の時間だよ」
「……そうか」
「一度選んでしまったら、もう後戻りは出来ないけど、覚悟は出来てる?」
「大丈夫だ、覚悟なら、もう決めてきた」
「――それなら、安心だね」
人生を左右する選択を前に、何故か二人共笑っていた。
「はじめるよ」
「分かった」
瞬間、真面目な顔になって、目の奥まで覗かれているかのような感覚が走る。
最後の選択者である上に、この場の緊張感はひどく窮屈に感じられた。
『貴方は、記憶を失ってもなお、この世界に残ることを望む?
それとも、今までにこの世界から消えていった者達と同じように、この世界から消えていくことを望む?』
心臓が高鳴っている。けれど反対に頭の中はひどく静かだった。
空気が重く感じる。緊張感で吐き気すら催す。
この一言で、全てが決まる。覚悟は決めてきたはずだ。けれどそれも揺らいでしまいそうだった。
それら全てを押し退けて、想いを言葉にして、進むべき道を確定させようと。
「俺は――」




