進む道、振り返る時
最初に立ち寄ったのは、黒百合仙華の家だ。
色々と考えた結果、学園から家までの道のりで、近い場所から行く事にしたのだ。
明日までに巡るのは、この一週間で佐藤さんと共に調べた場所と決めた。それがきっと、正しいと思えたから。
黒百合仙華の家には、当然何も残っていなかった。
この家で佐藤さんは記憶を取り戻したようだけど、一体何がきっかけになったのだろうか。
ひと通り家の中を見て回ったあと、最後に佐藤さんが倒れた、黒百合仙華の部屋だった場所へ寄ることにした。
この部屋も入る前に予想していた通り、何も残ってはいなかった。
もしかしたら、この部屋自体が佐藤さんの記憶を取り戻すきっかけのようなものだったのかもしれない。
残念ながら、俺自身がこの場所で何かを思い出す、ということは無かったけれど。
本来の記憶を持っている俺ならば、この場所に何か思うこともあったのかもしれない。
けれど、記憶を失ってしまっている今、強い思い入れというものは、持つことが出来なかった。
それに何処か寂しさを覚えながらも、最後に家の前に立ち、軽くお辞儀をすると、黒百合仙華の家を後にした。
黒百合仙華の家から遠ざかる途中、自分の中から、何かが抜け落ちていくのが感じられた。
この瞬間も、俺は何かを失っているのだろうか――。
――次に立ち寄ったのは、大貫雄大の家だった場所だ。
学園の生徒達が消えてから、結局雄大に会う事は叶わなかった。
少しだけ、雄大の母親に会う事は出来たが、様子のおかしかったことは見て分かっていたというのに、結局救うことも出来ずに消えてしまった。
あの時が最後だと思っていたのに、まさかもう一度来ることになるなんて。
雄大のことを思い出そうとすると、少し靄がかかってしまっていることに気づく。
――あぁ、少しずつだけど、この世界の影響は俺にもあるのだと、実感させられる。
それとも、選択肢を与えられたから、進行が早くなったのだろうか。
少しずつ自分の記憶が薄くなっていくのは、恐ろしいような、寂しいような。
家の中を見て回って、最後には雄大がメッセージを書き残していた押入れを覗いてみることにした。
けれど、そこには何も残っておらず、壁には少し不気味な木目だけが顔をのぞかせていた。
こうして全て消えていくのか。
多少の寂しさを残して、大貫雄大の家だった場所を立ち去る。
ここでも、最後にお辞儀をして、背を向ける。
自分の中から何かが抜け落ちる感覚は、少しずつ強くなっていく。
せめて、あと少し、自分自身を保てることに希望を持って。
前へ進む為に、耐えてみせよう。
もう、すぐ近くまで来ている、選択の時までは。