猶予
一度は選択を放棄し、その選択肢を与えた者と共に行動した。
選択肢を与えられたことさえも忘れていた俺は、多少の違和感を持ちつつも、世界に起きている事を佐藤さんと共に調べまわっていた。
どうやら、佐藤さんも何故か一部の記憶を失っていたようだが、彼女も何か違和感を感じてはいたのだろう。
そんな記憶の戻った佐藤さんは今、俺にもう一度、選択肢を与えようとしている。
与えられる選択肢は理不尽でなくてはならない。
そんな何が目的かさえ分からない規則に縛られた選択肢は、大抵の場合、その存在が消えることに繋がるのだろう。
それは、佐藤さんが意図的に出しているものなのか、それとも、ある程度出すことの出来る選択肢は決められているのか。
けれどこんなことを聞いても、佐藤さんはきっと答えてはくれないだろう。
これは神に与えられた使命であり、途中でやめることも、規則を破ることさえも許されはしないことだ。
そんな、本当にいるのかさえ分からない存在に怯えて過ごすなんて、考えられないが、きっと佐藤さんは苦しかったはずだ。勝手な考えではあるけれど。
「チャイムが鳴ってしまったっていうことは、もう昴の存在はバレていると思う。だからもう、選択肢の放棄なんて抜け道はないけれど、覚悟はいい?」
緊張感のある、真面目なトーンで、佐藤さんは問いかけてくる。
そんなことを言われても、当然覚悟なんて出来るわけもなくて。
「全然、不安で一杯だよ。男らしくはないけど、これが俺なんだから、仕方ないだろう?」
「そうだね、正直なのは良いと思うよ。でも、どっちにしろ、もうはじめてしまうけどね」
「そうか……分かった。やってくれ。」
覚悟なんてものはないけれど、少しの期間だが、佐藤さんとは共に行動したのだから、彼女の覚悟に身を任せよう。
普段よりも少しだけ透き通った声で、佐藤さんは話しかけてくる。
「この世界で最後の一人になるまで、懸命に生き残った貴方に与えられる選択肢は、二つあります」
「一つ目の選択肢は『この世界を成立させていた神が狂い、その結果終わりゆく世界の、最後の犠牲者となり、この世界を去る』こと」
「二つ目の選択肢は『選択肢を与える役目を持った私と出会った時からの記憶を全て失ったうえで、この終わりゆく世界を、最後の生存者として、そして最後の観測者として、この世界の終焉を見届ける者になる』こと」
選択肢を与え終わった佐藤さんは深く息を吐いたあと、くすりと笑って。
「これ以上の選択肢を与えることは出来ないけれど、最大限の私の権限を使って内容の改変を行ったんだけど、これが限界みたい」
小さな笑いは、喋り終える頃には乾いた笑いに変わっていた。
けれど、確かに。これほど絶望的な選択肢を与えられるのかと思う。
佐藤さんが改変を行わなければ、一体どういった内容になっていたのかと思うと、身が震えるほどだ。
「これが、選択肢か。随分と直球的な内容なんだな」
「そうだよ。これが私の与える選択肢。けど元々の内容は、私の頭の中に降りてくるの。恐らく、神様なんだろうけど、結構、気分が悪いよ。そしてその内容を私がわかりやすく選ばれた者に伝えることが私が出来ること」
つまり、佐藤さんが改変出来るのは、わかりやすく伝えるために内容を組み立て直す時に、元の内容をギリギリ崩さないように、勝手に解釈をして内容を変更するということだ。
けれど、元からあまりにもかけ離れてしまえばそれがバレてしまうだろうし、そしてその内容はいつだって理不尽でなくてはならないという規則がある。
そんな中で改変をするというのは、難しいのだろう。
「それで、これは今答えたほうがいいのか?正直、内容が内容だけに、考える時間が欲しいんだが」
「覚悟なんて出来てないなんて言っていた割に、随分と落ち着いているように見えるんだけど……。
大丈夫だよ、多少無理することになるけど、これは想定していたことだし、一日だけなら時間をあげられる」
「まぁ、こういった状況で、自分に関することだし、落ち着いていたほうが結果を間違えないことに繋がるんだよ」
内心はそこまで落ち着いているわけじゃない。ただ佐藤さんの前だから見栄を張っているだけだ。
それを見抜かれているのかは分からないが、佐藤さんはくすりと笑った後に、コホンと咳払いをして。
「――全部、説明してあげられないのが少し心残りだけど、多分、この場所に居ると危険だから。
そうだね、外に戻ってちょうど一日経ったら、この校舎のの屋上まで来てくれる?」
「どうして屋上なんだ?」
「一応、この場所で一番空に近い場所だから、かな」
神様に伝えるのにはそれがちょうどいいんだよ、なんて言いながらも、佐藤さんの声は近づいてくる。
喋り終える頃には、目の前から声が聞こえてくるような状態だった。
少しくすぐったいような、そのくらいの距離で。
「どうして、こんなに近くまで来るんだよ」
「これから私がすることはね、私が昴の家で寝込んでいる時、となり町に行こうとした昴に起きたであろう現象に近いの」
俺はあの時、隣町に行こうとしていたのか。
確かにあの時は、少しの間意識を失っていて、記憶が飛んでしまっていた時間がある。
それと何か、関係があるのだろうか。
「あまりこの場所に留まっていると、危ないの。
だから、今は黙って目を閉じて」
こんなどこまでも頼りない俺に、ここまでしてもらって、佐藤さんを信頼しないということは、今の俺にはもう、出来ない。
だから、前を向いて、目の前の誰も映すことのない瞳を塞ぐように、そっと瞼を閉じる。
「これでいいか?」
「うん。あんまり自信は無いけど、大丈夫、成功させるから」
そしてそれから、少しの間があった。
閉じた目からも感じられるほどの強い光を感じた後、額に軽く何かが触れるような感触。
光が収まっても、佐藤さんの声が聞こえることはない。
――閉じていた目を開けると俺は学園の門の前に居た。