想いは光に
開かれた扉を横目に、恐る恐る、教室の中へと入る。
中はあまり明るいとは言えず、むしろ薄暗いと感じてしまうほどで、部屋の中は少し冷えていた。
「ようやく来たようだけど、いい加減、待ちくたびれそうだったよ?」
どこか呆れたような声が耳に届く。
恐らく声の主である佐藤さんは、教室の真ん中に置いてある椅子に座っているらしく、ほとんど物が置かれていない教室の中、その声は良く響いた。
精神的にも肉体的にも疲れてしまっていたのもあって、佐藤さんの声は、安心感を与えてくれた。
他人として存在しているのは佐藤さんだけで、声だけしか感じることは出来ないけれど、拠り所のような存在。
――そう感じてしまうのはいけないことだったのだろうか。
――そう感じてしまっていたのに、柳のことを選んでしまったことへの罰なのだろうか。
「その胸に抱いてるの、柳?」
「……あぁ、そうだよ」
「だったら、もうその子は間に合わないよ。昴のために頑張ってくれていたみたいだけど、とうとう限界が来ちゃったみたいだね」
「一体、なにを言ってるんだ?」
「それは――」
瞬間、胸元に抱いていた柳を、柔らかい光が包む。
一見、柔らかく、温かいように見える光、しかし実際はとても冷たい光にも感じられた。
こちらをじっと見ている柳は、体を伸ばして、軽く頬ずりをしてきた。
それが限界だったようで、全身の力を抜いて、体を胸に預けてくる。
「……何が起きてるんだ」
「光に包まれれば、それが最後の合図。終わりの、合図。だからもう、柳は運命に身を任せることしか出来ないの」
話しを聞いてもわけがわからないまま、けれど柳の全身を包む光は次第に強くなっていく。
そして、強くなった光に目を開いていることが出来ずに、瞼を一瞬、閉じた。
その瞬間、何かが弾けるような音がした。
本能的に閉じられた瞼を無理やり開き、目の前で起きていることを確認する。
綺麗な黄金色の光達が、沢山、目の前を浮かんでいた。
それはまるで、光の海のようだった。
「終わりを迎える者を包む光は、想いが強ければ強いほど、綺麗に、そしてより壮大に、弾ける。
きっと、誰にも負けないほど強い想いなら、この世界そのものさえも包んでしまうほどに。
世界を包むほどじゃないけど、こんなにも強い光なんだから、きっと、抱えていた想いは、とても強いものなんでしょうね」
佐藤さんは、淡々と、まるで興味のないように語るけれど、それはきっと最後に与えられる、一瞬の奇跡。
成熟することの出来なかった、想いの形。
必死に、光をかき集めようとするけれど、光はその手をすり抜ける。
その間にも、胸の中のぬくもりは、徐々に消えて、冷えていく。そこにはもう、先程まで柳を抱いていた感触さえも、残ってはいなかった。
「一度選択をしてしまえばもう、その者に与えられた運命は変えられないんだから……」
その言葉は、先程までの淡々としたものとは違って、切実で、まるで何かを憎んでいるようだった。