熱
床に落ちた鍵を手に取ると、金属部分が指に触れ、冷たさを感じた。
拾った鍵を手のひらで握ると、感じられた冷たさは、手から伝わった熱で次第に失われていく。
手のひらに握られている鍵は何処で使うことが出来るのか、『思い出せない』
「思い出せない?」
この記憶は、『知らない』のではなく、『思い出せない』のだ。
それは、この鍵のことを知っていて、その上で、その記憶を失っていることになる。
問題は、何故そのことを自覚したのかだ。
先程も、スーパーの前で意識が途切れた感覚があった。
自分の身に何かが起きているのか、それとも単純に記憶を取り戻しかけているのか、自分のことだというのに、分からなかった。
「あんまり、待たせちゃいけないよな……」
ひとり呟くと、手に持った鍵をポケットにしまい、レジに適当な金額を置き、買った商品を袋に詰める。
商品の詰まった袋を手に持つと、持ち手が手のひらに食い込む感覚がした。
暗い店内を進み、スーパーから外へ出ると、すっかり外は暗くなってしまっていた。
それでも、この付近にはまだ電灯が設置されているのもあって、完全に暗闇であるわけではない。
電灯の不気味な音と、雪が地面に積もる音、感じられる音が少ないのもあって、帰り道はちょっとしたホラー体験だ。
昨日は興奮していたのもあって、ひとりであっても特に何も感じることはなかったが、電気がついていないもののほうが目立ち始めているこの道は少し不気味だった。
「ただいま」
玄関についたことで、気持ちが落ち着いてきていた。
肩にかかった雪を落とし、家に入ると、リビングに買い物袋を置いて、佐藤さんの居る部屋へ向かう。
「入るぞ?」
「……うん」
返事を聞いてから、部屋へと入る。
見ただけでは分からないが、声が少しこもっていたのもあるし、きっとベッドでおとなしくしているはずだ。
ベッドの傍に座ると、早速佐藤さんが声をかけてきた。
「どうだった?」
「どうだったって、なにがだ?」
「買い物、ちゃんと出来たのかなって……昨日も随分苦労してたみたいだったし」
「あぁ、どこも開いてなかったんで、適当に入って必要なものを適当に買ってきたよ」
「いいの? それって」
「いいもなにも、どこも開いてないなら、仕方ないだろ、ちゃんと金も払ったんだから、文句は言わせないぞ」
「そっか、なら……いいのかな」
そんな会話を、少しの間続けることが出来た。
会話の中、佐藤さんはどこか楽しそうで、そんな感情を、久しぶりに感じた気がした。
こんな時こそ、表情だけでも見られれば、きっと、もっと幸せになれるというのに。