猫の案内人
家から外へ出ると、当然のように柳もついてきた。
というよりも、自分達よりも前を進もうとしていた。
まるで自分が案内をするぞ、とでも言うように、こちらを見ていた。
「しょうがないな、ちゃんと連れて行ってくれよ?」
「私だと、音声案内みたいになっちゃうから、ありがたいかもしれないね」
少し笑いをこらえているような声で、佐藤さんが言う、冗談を言う余裕が出てきたということだろうか。
あくまで軽く、この現状が暗くならないように、せめて過ごしたい。
昨日、1人で店をまわった時から予想している、悪い方向の予想だ。
だから、一刻も早く調べたい、そんな気持ちもあった。
それを表面に出さないでいられるのは、傍に佐藤さんと柳が居るからだ。
今、この時、佐藤さんも柳も居なければ、この状態に気づくのも遅れていたかもしれない。
絶望と不安で押しつぶされていたかもしれない。
かもしれないという考えはいくらでも出てくる、けれどそんな不安を表に出すわけにはいかなかった。
「ちなみに、黒百合さんの家まではどのくらいかかるんだ?」
「このペースで行くと、あと10分もかからないくらいで着くかな」
「そうか」
会話は続かなかった。
昨日の夜から、佐藤さんとは気まずいままだ、表面上は普通に会話をしているつもりではいるが、それでも雰囲気が少し違っていた。
「着いたよ」
「ここが...」
柳と佐藤さんに案内されて、黒百合さんの家へ着いた。
外観は白く、シンプルだが2階建ての綺麗な家という印象だ。
そこに着くまで、ほとんどと言っていいほど、会話が無かった。
昨日話した内容に触れることもなければ、こちらから切り出すことも出来なかった。
「また、勝手に入るのは避けたいんだよな...」
そう言いながらチャイムを押す。
あまりに自然に体が動いたのもあり、突然チャイムが鳴ったことで柳が驚いていた。
その姿を見て自分でも驚いた。
「この場所、良く遊びに来たりしたのかねぇ...」
「どうなんだろう、私が仙華に会う前のことは、良く知らないから...ごめんね」
「いや、謝らなくていいよ、手が自然に動いたことに驚いただけだから」
「そっか、もしかしたら、記憶がなくなっていても、体が覚えていたのかもしれないね」
「体が...」
体が覚えている、そんな言葉に、安心なんて出来なかった。
黒百合さんの家に来る事が日常的だったというのなら、黒百合さんとの関係はどういったものだったのか。
幼なじみであり、友人である、そういったことは佐藤さんから聞いた事である程度知ったはずだ。
けれど幼なじみであるという以上、佐藤さんの知らない部分のほうが恐らく多いはずだった。
考えれば考えるほど、自分の記憶から黒百合仙華に関することがすっぽりと抜け落ちていることに恐怖を覚えた。
そしてこの家でも、押したチャイムに応える者はいなかった。




