消えた記憶と強い思い
ひと通りの話しが終わると、深くため息をついて、力を抜く。
一晩で聞くには長く、自分に無い記憶を聞くことによって、疲れてしまった。
それは佐藤さんも同じようで、ほとんど同じタイミングでため息をついていた。
「今更だけど、この話をしてくれてありがとう、聞けて良かったと思うよ」
「うん...けど、本当に?」
「何が?」
「本当に、私の話を聞けて良かったと思ってるのかなって思って」
「それは...」
確かに今の自分に無い記憶を聞くというのは、どこか信じられないという気持ちもあるし、信じたとしても、全てを受け入れることは出来ない。
それでいて、自分にも、そして佐藤さんにもあまり良い気分になる話しでは無かったと思う。
けれど、例えそうだったとしても、今この場ではこう返そう。
「...良かったよ、本当にそう思ってる、話を聞けて良かったって」
「...そっか、うん、分かった、信じるよ」
ほとんど分からないほどの間があった後、佐藤さんはどこかホッとしているような声で、言葉を返してくれた。
嘘では無かった、けれど全てを受け入れるのにはきっと、もう少しだけ時間が必要だった。
「このまま話を続けてもいいけど、今日はもう休まないか?もう大分遅い時間だ」
「そう...だね、今日は色々動きまわって、疲れちゃったし」
そして、その日は次の日に備えて部屋で休むことにした。
例え色々なものが消えていってしまっているとしても、次の日はやってくるのだから。
「急...だったかな」
確かに疲れていたのは本当だった、けれど今日の話しを静かに考えたかったというのもあった。
まさか佐藤さんと知り合いだったなんて思ってもいなかった。
今の自分からすれば初対面でも、佐藤さんからすれば友人も同然だったはずだ。
そんな相手から初めてあったかのような反応をされればきっと傷つく。
「話を聞いている間に、謝るべきだったんだろうな」
ひとりごとを呟いても、それが実現するわけではない、明日、自分の口から言葉にして伝えよう。
そう小さな決意をしたところで、部屋のドアをひっかくような音がした。
「なんだ?」
ドアを開けると、そこには柳がいた。
「あぁ...ごめんな、リビングでぐっすり寝てたから、つい」
外でも自由に歩き回っていた柳だから、大丈夫だと思っていた。
けれどそうではなく、いつだって人が恋しいのかもしれない。
部屋にあった適当な毛布を敷いてやると、そこで丸まり、またすぐに、ぐっすりと寝てしまった。
「柳も、柳の飼い主、黒百合さんも、きっと俺は知っていたんだろうな」
そう思うと、いっそう自分の記憶を取り戻さなければならないと、そんな感覚が強く湧き上がる。
そうだ、明日は黒百合さんの家へ行ってみよう、きっと佐藤さんも知っているはずだ。
心の中で考えつつ、自分の寝床で目を閉じた。




