親友との別れ
「消える事を自覚してから、どれくらいの時間が経っていたのか分からないけれど、その日、一緒に家に帰るっていう時に仙華は消えたの」
「なっ...じゃあ、佐藤さんに話すのさえギリギリだったって事じゃないか」
「本当にね...あれじゃまるで、私に遺書を残したようなものじゃない...」
例え消えるまでの個人差があったとして、消えるその日に告げるのは、本人が消える時を察する事が出来ていたか、そうでなければ奇跡としか思えない。
今日大貫の家に残された内容からも、大体の消えるかもしれないという感覚はあるのだろう。
それでも、良いように考えるのなら、黒百合仙華の佐藤さんに対する想いがそれほど強かったという事だと思う。
自分でも何故そう思うのか、思い出せない記憶がそうさせているのか、それとも佐藤さんの話した内容に影響されてしまったのか、分からないけれど、そうであるべきだと思った。
「ただ、消える直前、前を歩いていた仙華が急に立ち止まって、私に言ったことがあるんだけど...」
「それは?」
その声はあまりにも悲しそうで、怒っているようにも聞こえた。
そう、彼女は今、怒っているのだろう。
少なくともこの瞬間は。
「私に、昴と大貫君のことを頼んでもいいかなって言ったんだよ、仙華は」
「自分が消えてしまうその瞬間まで、私のこと、2人には見えないって知ってるはずなのに、それでも私に2人のことを託してきたんだよ」
「そんなの...聞かないわけにはいかないじゃない!」
感情を爆発させたような、そんな佐藤さんの言葉が衝撃的だった。
それだけに、佐藤さんの言葉が、感情が、伝わってきたし、黒百合さんと俺達はそれ程に仲が良かったのだろうと思えた。
ただ、それでも彼女の事を思い出す事は出来なかった。
「私が分かったって言うと、仙華は振り返って私の方を見て、ごめんね、ありがとうって、
そう、最後に言って、私の目の前で、まるでそこに何も無かったかのように、消えたんだよ...」
「そう...か」
最後は消え入るような声で、佐藤さんは言った。
この話しを聞いた感情は複雑で、何も思い出せない自分がなにを言っても、それは他人が言葉を伝えるのと変わらないと思ってしまって、それ以上何も言えなくなってしまっていた。
「仙華は、私にとって、全てだった」
「だって、仙華としか会話も出来ないんだから、人生であり、世界だったんだよ」
「昴と喋るきっかけも、通訳も、仙華がしてくれたんだから」
「もちろん、最初は絶望もしたし、泣いたよ」
「でも、だからこそ約束はちゃんと守ろうと思ったの」
「そして、昴も知ってるはずだけど、私にとって、昴との2度目の出会いがやってくるんだよ」
俺が何を言うまでも無く、まるで吹っ切れたように。
佐藤さんは語った。
黒百合仙華という大切な存在が消えてしまって、そこに至るまでの想いを誤魔化すかのように。




