下山
「どうして、昨日は言わなかったんだ?」
戸惑いの中で、やっと出てきた言葉がこれだった。
何故、昨日も同じ猫に出会ったはずだというのに、そのときに言ってくれなかったのか。
辺りは静かで、自分の心臓の音と、佐藤さんの呼吸をしている音がとても大きく聞こえる。
「本当はね、昴も知っているはずなんだよ、その猫の事を」
「そう...なのか?」
「うん」
そう佐藤さんに言われても、思い出すことは出来なかった。
けれど、佐藤さんが嘘をついているようにも思えない。
昨日、校庭でこの猫に出会った時に、入れた覚えの無いにぼしが、鞄の中に入っていたのもひとつの理由だ。
それに、あの時はただ人懐っこいだけの猫だと思っていたが、同じ猫に、こんな場所でもう一度会うなんて思ってもいなかった。
「それに、昨日言わなかったのは、それだけが理由じゃなくて、もっと別の理由があるの」
「そうか、分かった、その理由は聞こう、だけどそれは後だ」
「え?」
「もう日が完全に落ちる、急いで降りないと帰るのが大変だ」
実際、辺りはすでに、ほとんど真っ暗になっていて、足元にいる猫の姿を見るのさえ、難しいほどだ。
この場所は、光が届きづらいようで、遠くから薄っすらとした光が見える程度だった。
「うーん、何か明かりになるものはあるかね...」
持ってきていた鞄の中を手で探ると、随分前に鞄に入れておいた記憶がある、キーホルダー型のライトが見つかった。
小さいものではあったが、それなりの強さで光るものであったので、足元を照らす程度は出来そうだ。
「とりあえず、これで下までは降りれるだろう、帰ったら話は聞かせてもらうからな」
「うん...」
とりあえず佐藤さんから返事がもらえたので、次は足元に居る猫をどうするかということに行き着いた。
着いてくるのか分からなかったので、とりあえず抱き上げていこうと思ったが、予想以上に嫌がられてしまった。
「なぁ、こいつの名前、なんていうんだ?」
「えっと...柳だよ」
「そうか、柳、抱かれたくないなら、自分でついてきてくれよ?分かったか!」
そう言うと、柳は分かったのか分かっていないかは分からないが、こちらを向いて一度だけ鳴いた。
そんな事をして、やっと降りる準備が出来たので、俺達はこの山を降りていった。
家に帰ったら、佐藤さんから色々と話を聞こう、そこには不安もあるけれど、何も知らないでいるよりはずっとましなんじゃないかと思った。




