意志の強さ
『さて、家を追い出された俺だが、ショックでそこからしばらくの事を覚えていないんだ。
気づいたら学園の裏にある山の見晴台に居た。
大切な家族に忘れられた俺は、自分の住んでいた場所を山の上から見下ろしていたんだ。
そうするとさっきまで感じていた悲しみが和らいでいく感覚があった。
でも、その片隅でまだ、急かされていると感じてもいた』
『落ち着いてきたのもあって、これからどうするかを考えた。
そこで、親に忘れられたといって、他に自分を知っている人が忘れているとは限らないと考えた。
そんな事を思いつくと、すぐに山を降りて、知っている限りの場所を訪ねて行った。
友人の家、学園、近所の家、電話で祖父母の家にも連絡をとった。
...誰一人として俺を覚えている人はいなかった。
それどころか、何故か近所の家はみんな空き家になっていた、まるで悪い夢でも見ているような絶望感だった』
『財布さえ持ってきていなかった俺は、その日は外で睡眠をとることになった。
せめて、誰か一人でも知り合いが俺を覚えていれば、ここまでの事態にはならなかったはずだ。
悲しみと理不尽さに負けそうになりつつも、公園のベンチで、夜を越すことにした。
そんな中でも、当然のように夢を見て、自分が自分に語りかけてくる。
しかしその日は内容が違っていた』
『もうすぐだ、もう、時間は残っていない、お前に出来る事を考えろ、この異常な世界で、お前に出来る事を』
『目が覚めると、これまであった焦燥感と、頭のなかで繰り返される声はなくなっていた。
なんとも一方的な夢であることは変わらなかったが、自分に説教紛いの事をされるとは思わなかった。
自分に出来る事、どうせ忘れ去られて、消えていくのなら、これが俺の人生だというのなら、やり残したことを残したまま消えるのなら、何かを残さなければ、何かをしてから終わりたい。
心の底で、強い気持ちが芽生えた、自分自身に励まされたような気持ちだった。』
『そこで、ここにメッセージを残そうってところにやってくるわけだ。
ちなみに今は両親がでかけている、書いている間にいつ帰ってきてもおかしくない時間になってしまったな。
こんなに長い文章を書いておいて難かもしれないが、これは俺の書いた遺書のようなものだ。
ただの遺書である以上、多くの助言はしてやれない。
もしもこんな場所でこれを読んでいる君が、俺と同じように、また、似たような状況下にいると勝手に思って書かせてもらう、どうか最後まで諦めないでほしい。
残された時間が少ないからなんだ、全ての人に忘れ去られたからなんだというんだ、君にも何かが出来るはずだ、それに早く気づくべきだ、俺はあまりにも遅かった。』
『1日もあれば十分だ、火事場の馬鹿力でもなんでもいい、一人になってはいけない、味方を、仲間を作れ。
一人では出来なくても、きっと仲間がいれば、打開策を思い浮かぶ可能性はグッと上がるはずだ。
いいか、絶対に諦めるな、きっと何かがあるはずだ、誰も消えずにいられる方法が。
俺にはもう時間が無いんだ、このメッセージを読んだ誰かが、救われる事を祈っている。』
「なんだよこれ...」
「昴...」
ただ、ただ、最後に近づくほどに感情的に、そのメッセージの内容は色濃く文字に現れていて、痛々しかった。
読み終わった途端に、親友だった大貫雄大という男が、いなくなってしまった事、そしてその当人が最後の最後で諦めてしまった事が頭のなかで理解されつつあった。
それはとても簡単に受け入れられるものではなく、息が苦しくて、しかたがなかった。
「...ねぇ、昴、まだ何か書いてあるよ」
「え?」
情けない自分とは裏腹に、佐藤さんの声は冷静だった。
佐藤さんの言葉に、一時的に無理やり自分の感情を抑えて、よく押入れの中を見回すと、多くの話が書かれていた押入れの壁の隅に、まだ何か、書いてあった。
一度読みきってしまった所で、これ以上彼は何を残したというのか、目を向けると、そこには。
『ここから先は、俺の親友の、川口昴にだけ読んでほしい』
そんな言葉から始まるメッセージが、残されていた。