優しさの味
大貫家を後にした後は、大した会話もないまま家へ帰ってきてしまった。
あまり、佐藤さんには落ち込んだ姿を見せたくはなかったけれど、大貫という友人がいなくなってしまったショックが大きすぎた。
家へ着いた時、いつものように『ただいま』と言ってしまった後、そうか、返事は返ってこないのだと分かると、途端に虚しさがこみ上げてくる。
少なくとも、仲が良い親子ではなかった、それでも、この家に居ない、それだけでどこまでも虚しさを感じる。
悲しいとは思わない、けれどどこか、胸に穴がぽっかりと空いてしまったような、そんな感覚があった。
色々な感情が胸の中で渦巻いていたけれど、突然隣から、『おかえり』と声が返ってきた。
すぐに佐藤さんの声だというのには気づいたが、驚きと、嬉しさを悟られたくなくて、家の中へ逃げる。
顔は見えないが、佐藤さんはきっと笑っているに違いない、微笑みかニヤけ顔かは分からないが。
リビングまで行き、ソファに座ると、思っていた以上に疲れていたようで、力が抜ける。
そんな姿を見てか佐藤さんが「大丈夫?」と言ってきた、大丈夫なわけがない、むしろやばい。
「今は食欲すらないぞ...」
そんな呟きに、佐藤さんは「そっかぁ...」と少し残念そうに返事をしてきた。
会話が弾まない空間で、少しの静寂の後、佐藤さんが「...そうだ」と呟いた後、「少し台所借りるね」と言ってきた、そして返事を待たないままキッチンの方で音がしていた、せめて返事を聞いてから借りて欲しかった。
台所に佐藤さんが行ってから、少し経つと、匂いが漂ってきた、味噌の良い匂いだ。
食欲が無いと言っておきながら、匂いを嗅いでしまうと少し空腹を感じた。
匂いがしてきてからまた少し待つと、佐藤さんが戻ってきた。
むしろお椀がこちらにやってきた、という表現が正しいだろうか。
「食欲無いって言ってたけど、これくらいならどうかなって...」
「お、おう、ありがとうな」
テーブルの上に置かれたのは味噌の良い香りがする、味噌汁だった。
今はこの味噌汁よりも、佐藤さんが味噌汁を作り、持ってきた事に驚いている、良いのか?これ。
それでも、せっかく佐藤さんが作ってくれたので、温かいうちにいただく事にした。
「うまい...」
それは丁度いい濃さに、丁度いい出汁の味が効いた、ごく一般的な味噌汁の味だった。
それでも、この時の自分には、これがとても美味しく感じられた。
呟いたのはただ一言、「うまい」それだけだった、けれどその言葉に佐藤さんは「...良かった」と、とても嬉しそうに返してくれた。




