其処に在ったもの
そこには、何もなかった。
まるで、元々ここには誰も住んでは居なかったとでもいうように。
とても綺麗に、その家は在った。
「...ここは、本当に雄大の家なのか?」
「朝来た場所と同じ...はずなんだけどね」
あまりにも綺麗さっぱりに家具が無い状態のその場所は、とても人が住んでいるようには見えない。
ふと思いつき、玄関から出て、表札のあるはずの場所を見る。
「...ない」
正確には表札はあった、しかしそこに書かれているはずの文字がなかったのだ。
わけがわからない事に困惑しつつも、佐藤さんのいる玄関まで戻った。
「どうしたの?」
「表札に、名前が書いてなかった」
「...そっか」
やはりここでも、佐藤さんは落ち着いた様子で、言われた言葉を受け止めている。
驚く事はここ最近、沢山あったように感じているけれど、どの出来事でも佐藤さんはあまり驚いている様子を見せる事はない。
驚いている風に聞こえても、とてもわざとらしいのだ、表情が見えない以上、これは主観でしかないのだけれど。
「中も、確認する?」
その言葉に、少しだけ悩む。
すでにこの家が空き家であったとしても、入るのは勇気がいる、とはいっても玄関まで入っている時点で良くはないだろうけど。
「ここまで来たら行く、ちゃんと確認しないとな」
「そっか、じゃあ入ろう」
一応、靴を脱いでから家の中へと入る。
床はとても綺麗で、ワックスをかけた後のように、フローリングには自分の姿が映しだされていたしていた。
部屋の一つ一つを丁寧に見て回る、物が置かれていない以上、大して見る物は無いが。
普通の部屋だけでなく、トイレや風呂場などの場所も見てまわったが、これといった物を見つける事は出来なかった。
「本当に何も残っていないんだな...」
この家に、大貫という苗字の家族が居た証拠は、何も残っていないのだ。
その事実を受け入れる事など、出来るのだろうか。
「...今日はもう、帰ろうか?」
「...そうだな、そうしよう」
相変わらず佐藤さんが声をかけるタイミングはとても良かった。
一瞬の間を置いたあと、帰るという言葉に頷いて、昨日までは確かに大貫家だった場所を後にした。




