にぼし
「...にぼし?」
袋に入っていたのは一口サイズのにぼしだった。
鞄の中にこんな物を入れた覚えはまるでなかったし、そもそも入れるような事もないと思う。
というか何故にぼしなのか、別に好物というわけでもないというのに。
「とりあえずそれ、あげたら?」
少し混乱していたところで、佐藤さんが声をかけてきた。
いつの間にか猫が膝の上に乗って前足を伸ばしてきていた。
「うわっ...ちょっと待てって」
慌ててビニールを開けようとしている最中も、にぼしを前にして我慢が効かなくなったのか、二足で立ちながらねだってくる。
猫の猛攻を回避しながら、やっとのことでビニールを開け、にぼしを与える。
「...よし」
落ち着くとともに、謎の達成感を味わう事になった。
そしてにぼしを受け取ったというのに、猫は膝から離れない、むしろ膝の上で食べている。
「ずいぶん人慣れしてる猫だね」
「...そうだな」
...この猫を見ていると、何かを忘れているのではないかという考えが浮かぶ。
本当に何かを忘れていたとすれば、きっと鞄の中に入っていたにぼしの謎も解ける事だろう。
そんなファンタジーのような話でさえも、今はありえるのではないかと思えてしまう。
それほど、この二日間に色々な事を目にしてきたのだ。
「離れないな」
「よっぽど気に入ったみたいだね」
もう与えたにぼしは食べ終わったというのに、おとなしくなった猫は膝の上から離れない。
おや?と思って猫の顔を良く見てみると、なんとぐっすりと眠っていたのだ。
「食ってすぐ寝るとか、まるで子供じゃないか」
「ふふっ...そんな事言ってたら、昴はお父さんみたいじゃない」
「ははは...まだそんな歳じゃないだろうよ」
苦笑いしながらも、佐藤さんに言葉を返す。
静かな会話の中、穏やかな呼吸で真っ白な猫は膝の上で眠っていた。