不在
佐藤さんとの誤解を解いた後に、軽くシャワーを浴びて、汗を流した。
といっても、シャワーを浴びたのは自分だけで、佐藤さんは浴びていない。
浴室は遠慮無く使ってもいいと言ったのだけれど、最後まで入ろうとしなかったのは何故だろう。
色々と理由は考えられそうだけど、深くは考えない事にした。
その後、今日はこれからどうするかと頭を悩ませていたところで、雄大の母親と約束していた事を思い出した。
とりあえずの目的が決まったので、佐藤さんと家を後にした。
大貫家へ向かう途中、人と一度もすれ違わない事に不気味さを感じたが、平日の昼前だということで納得する事にした。
昨日一日で多くの事を体験したのだ、いちいち気にしていたら身がもたない。
しかし車の一台さえも通らないというのも、違和感と孤独感を増幅させる要素の一つになっていた。
大貫家の前まで着くと、佐藤さんが突然、大きく深呼吸をしていた。
佐藤さんとここへ来るのは三回目だ、そういえば前までの二回はやけに緊張していた。
それならと、佐藤さんを参考に、自分でも深呼吸をしてみる。
すると、自分が思っていた以上に気分が落ち着いていくのを感じた。
「...驚いた」
「なにが?」
「深呼吸、結構効果あるものなんだなぁ、と」
「実は私も驚いてる」
佐藤さんも深く考えての行動だったわけではないらしい。
でもこれで落ち着いていられる、佐藤さんありがとう、声に出して言ったりはしないけれど。
今回はチャイムを押す前に間を置かない事にした。
せっかく少しは静かになった心臓の音が、またうるさく騒ぎ出すのを感じていたからだ。
何も言わずにチャイムを押したのを見てか、佐藤さんは一瞬驚いたような声を出していたが、すぐに黙った。
いや、気になるなら話しかけてくれてもいいのだけど、佐藤さんなりの気づかいと受け取っておく。
チャイムを押した後、少し待ったが、中から人が出てくる様子はない。
どうするか一瞬迷ったが、とりあえずもう一度チャイムを押した。
「居ないのかな?」
「そうかもしれない」
昨日約束したはずではあるが、何か急用が出来て外出した可能性もあるし、今は諦めたほうがいいかもしれない。
「うーん、後でもう一度来ることにしようか」
「まぁ、居ないんじゃ仕方ないよね...」
佐藤さんは軽く返事をしながら、何か考えているようだった、何を考えているかは、分からないけど。




