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朝食

食事を始めると、すぐに驚いて、手が止まった。

佐藤さんの使っている箸が浮かんでいるのだ。

その場所に佐藤さんが居る事を知らなければ、きっと驚いて椅子から転げ落ちていただろう。


「どうしたの?」

「いや、別になんでもないよ」


自分で思っているよりも驚いていたのか、佐藤さんを見つめてしまっていたらしい。

少し前までは、透明人間とか、宙に浮かぶ箸なんて、存在しているとすら思わなかったのに、受け入れ始めている自分が居る、おかしな話だ。


「美味しい...」

「そうか」

「そうだよ...」


呟きに暗い雰囲気を感じた、こんなとき、表情が分からない事がもどかしい。

せっかく気分が落ち込まないようにと強引に朝食にしたのに、これではまるで意味がない。


会話が少ないので静かな食事が進む、正直何を話したらいいのか考える余裕も無かった。

それでも、表情は絶対に崩れないようにしていた。

きっと、それが今出来る、精一杯の強がりだ、自分が辛くないよう、誤魔化すために。


他愛も無い事を話した方が楽なのかもしれない、泣いた方が次へ進む事が出来るのかもしれない。

だけどそれは、誰にも気づかれなかったであろう彼女の前で見せる物じゃないはずだ。


結局その後は特に会話も無く朝食を食べ終える事になった。

せっかく少しは打ち解けたと思っていたのだけれど、これじゃあ今後が心配になってしまう。

何より外に居た時は気にならなかった表情が、家の中で二人になると気になって仕方ない。


表情は人の気分や気持ちを判断する時に注意する場所の一つでもある。

中には表情を誤魔化す事が上手な人も居るが、それでも多少の変化は出る。

見えないという事は判断材料が減るということでもある、今相手がどんな気持ちなのか、察するのは難しい。


「食器、片付けちゃうな」

「あ...うん、ありがとう」


考えるのを一旦中断し、食器を洗ってしまう事にした。

佐藤さんは何か言いたげだったけれど、聞きそびれてしまった。


今まで食器洗いなんて親に全部任せていたのに、自分でやるなんて考えたことすらなかった。

薄情な息子だと思うかもしれないが、この家ではそれが普通だった。


さすがに食器の洗い方くらいは知っていたので、それを黙々とこなしていく。

途中、佐藤さんが声をかけようとしていたようだったが、本人は何でもないと返してきた、途中でやめないで欲しい、気になるから。


水音を聞いていて思い出したのは、昨日汗を結構かいたというのに、シャワーさえ浴びていない事だ。

朝風呂になってしまうけど、食器を洗い終えたら入ってしまおう。

そういえば、佐藤さんもシャワーを浴びたりするのだろうか、食事もするみたいだし、するのだろう、きっと。


食器についた洗剤を水で洗い流し、水切りに置く、これで全部洗い終わった。

まだ今後の予定も決まってないし、とりあえず、朝風呂を佐藤さんに提案する事にしよう。

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