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いつか交わした約束を

 胸の中で小さく包まれた彼女は、突然の出来事に、困惑している。

 同時に自分自身でも、どこから湧いてきたのか、今にも溢れ出てきそうな感情を持て余していた。

 少しして、状況に頭が追いついてきたようで、顔をこちらに向けることのないまま、話しかけてくる。


「どう……して?」

「……すまん」


 咄嗟に出てきた言葉は、謝罪だった。

 自分でも、この感情がどこからやってきたのかがわからなかった。わかりたくは、なかったのだ。

 例えそれが今の自分ではない自分から生まれた感情だとしても、それを認めてしまえば、今の自分を否定してしまうような、そんな気がした。


「謝るくらいなら、優しくなんて、しないでよ……」

「……すまん」


 もう一度彼女に謝ると、不満そうな顔をしながらこちらを見つめてくる。

 どうやら、二度も謝罪した事が不満だったようで、思い切り腹部を抓られた。


「痛い……」

「仕返し、なんだから……。私だって一応、女の子なんだから。ね?」

「そう、だな。悪かったよ」

「うん。だからもう、謝るのはおしまい。ね?」

「……分かった」



 まるで子供に話しかけているかのような彼女に、屈辱的な気分にさせられつつも、どこか安心していた。

 その後、彼女は自然と胸元から離れていった。

 すぐそばで感じられた温もりが消えていくのに、何処か既視感を覚えたが、それは一体、なんだったのだろう。


 今のやり取りのおかげか、触れれば溶けてしまいそうなほど、儚く見えた彼女の姿は、少しだけ、元気が戻ったように見えた。

 それは、俺自身の願望がそう見せているだけかもしれないけれど、今はそう思いたい。そう思った。


 それから彼女は振り返り、自身が住んでいた場所を見る。


「私の家、もう飲み込まれちゃったなぁ」

「やっぱり、寂しいか?」

「うーん、どうだろう。あんまり良い思い出は無かったけど、私が育った場所だからね」

「そうか……」


 はっきりと言葉にする事は無かったが、彼女なりに思う所があるらしい。


――俺は、どうなのだろうか。

 目が覚めた時には、この場所に居た。

 ここへ来るまでに、両親がどうなったのか、少しだけ教えてもらった。

 あまり彼女は詳しくは教えてくれなかったけれど。


 この誰もが消えていってしまった世界で例外は自分達だけのようだった。

 そしてそれももう、終わりを迎えるのだろう。

 きっとこの場所も、霧に飲み込まれてしまったら、自分達もただでは済まないだろう。


 だからこれは、終わりを迎えるこの世界の、最後の物語。

 せめて、ただ終わりを迎えるのではなく、目の前の彼女と交わしたという、約束を果たしたいと思った。

 そしてそれはきっと、彼女の望みであり、記憶を失う前の俺自身が望んだ願い。


――嘘でも無く。

――偽りでもなく。

――心から。


 そう、伝えられるように。

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