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練習とはいえ、涼の歌声はすごかった。

バンドのメンバーも普通じゃない。

素人の俺がすごいってわかるぐらいにはすごかった。

そんな人たちに素人の俺が混じるのはどうかと思ったけど、涼は「お前がやりたいかどうかだよ」と言ってくれた。

考えた末に俺は「やりたい」と答え、涼は嬉しそうに俺の頭を叩いた。


********


涼は部屋に戻ると冷蔵庫からビールとジュースを取り出す。

ジュースを俺に渡して自分はビールを開け

「かんぱーい!!」

と言った。

……嬉しいな。

その時、

ピンポーン

チャイムが鳴った。

誰だろうと思いつつ玄関を開けると

「かず……」

「ゆーじ……」

仁王立ちのゆーじがいた。

げげげ!

なんでゆーじがここにいるんだ?!

そう思った次の瞬間、俺はだっと家の中に駆け込んだ。

「かず!」

なんとゆーじまで駆け込んでくる!

こら!ここは涼の家だぞ!

そんなことゆーじはおかまいなしだ。

「涼!」

「ん?」

涼ーのんきにビールのんでんなよ……

俺はゆーじを避けて涼の家の中を走り回った。

が、そんな広くないしすぐに追い詰められた。

ゆーじは俺の腕をがしっとつかんだ。

「どーゆーことか説明してもらおーか」

説明もなにも、理由はお前が一番よく知ってるだろうが。

「それと……ピンクの豚かえせ!」

「それかよ!中身は使ってないから大丈夫だよ」

涼んちに置いてもらってたから必要なかったんだ。

「絶対だな?」

「うん。」

「なか見てないだろうな」

「見てないよ。あれ、割らないと中出せないじゃんか」

「あ、そーか」

ゆーじはほっとしている。

そんなにあのピンクの豚の貯金箱が大切なのか?へんなの。

「ったくよー学校でごまかすのに俺がどれだけ苦労したか」

「ゆーじが苦しもうがどうしようが、俺には関係ないね」

お前が俺に言った言葉、そっくり返すぜ。

けどゆーじは怒ってない。

寂しそうな目で俺のことを見てる。

なっなんだよ。じっと見られると照れるじゃないか。

俺はフイっと目をそらした。

「かず、帰ってこいよ」

「やだ」

「学校どーすんだよ」

「知らない」

ゆーじが黙った。

しばらくの沈黙。

「かず、帰ってこいよ。…帰ってきてくれよ」

「……」

ゆーじが今にも泣きそうな顔で言う。

「父さんが再婚するときさ、相手の人にも子供がいるって聞いて、俺すごく嬉しかったんだ」

「……」

「それまでさ、兄弟なんていなくても別にどーってことなかったけどさ。やっぱ、どんなヤツでもいちど家族になっちゃうと離れたときが寂しいんだよな……。こんなの俺だけかもしんないけど……」

たぶんゆーじだけじゃないだろう。俺もそうだから。

涼の家にいる間も家のこと、学校のこといろいろ不安になってた。でも必死で別のこと考えようとしてたんだ。

「ごめん……」

俺は思わず謝ってしまった。いや、本当に悪かったと思ったから謝った。

「俺も…ごめん…あんなこと言っちゃってさ」

「うん……」

どうしようか。家に帰ったほうがいーんだろーか。

涼に我侭きいてもらっておいてもらってたけど。

父さんのこと、母さんのこと、ゆーじのこと、立花のこと、青木のこと、学校やほかのいろんな人たちのことが俺の頭の中に思い浮かんでくる。

いろんな人のたくさんの温かさが。

涼にも迷惑をかけた。

ビールを飲んでた涼が俺に静かに声をかけてきた。

バンドに誘ってくれたあの時のように。

「かずはどうしたい?」

「……いろいろごめん。俺帰るよ」

ゆーじが嬉しそうに笑って俺の首をしめる。苦しい。

涼は苦笑いして

「かずがいなくなると食生活がわびしくなるな」

「涼がいてくれて助かった……ありがとう」

「本人が決めたことだしな。はい、これ」

と言いつつ紙の束を押し付けてくる。

「……なにこれ」

「全部弾けるようになっておけよ」

「ちょ、え」

「キーボードの話が無くなったわけじゃないから。また皆そろっての練習の時は電話するわ。受験生で大変とは思うけど頑張れ」

涼はめちゃくちゃいい笑顔で笑った。


*********


その日俺とゆーじは家に帰った。

家についたとたん母さんと父さんの説教が待っていた。

その後はゆーじといっぱい話した。

ゆーじはもう家出すんなよって言ってくれた。

その日はとても幸せな気分だった。


********


次の日は久々に学校に行った。

立花に会える!

「よ、かず、おたふくどーよ?」

「おおもう大丈夫」

いつもだったら会いたくない青木も今日は会えて嬉しいと感じる。

「かずがいなくて大変だったんだぞ。主にゆーじが」

「なんでだよ」

「ずっとイライラしてた。喧嘩するし、やっぱお前らは二人セットになってないとダメだな」

「嫌だよそんなセット」

と言いつつも、自分の居場所があるようで嬉しいかった。


**********


さて夜10時。

父さんはまだ帰ってない。母さんもだ。

キーボード貸してもらいたいんだけどな。

練習しなきゃ。

「たっだいまー!」

「あ、おかえり」

げ、酔ってる。っとにこの母は……

「母さん」

「なぁーにぃー?」

「あのさキーボード貸して」

「きぃーぼぉーどぉー?なにそれぇ~きゃはは!」

だめだこりゃ。

明日にするかな…。

俺が2階に上がろうとすると

「ちょっとー待ちなさいよーみずくれぇー」

おい…。

しかたなく水を持っていった。

母さんはコップの水をごくごくと飲み干すと

「あんた、キーボード何に使うつもり?」

もう酔いが醒めたようだ。じろりと見られる。

「もしかしてバンド?」

「う…うん。そーなんだ」

「涼君でしょ」

「うん」

さて、何言われるだろう。バンドのこと母さんに言ってなかったからな。

「ふふふ」

母さんがいきなり笑い出す。不気味。

「あのね、かず。実は母さんも若い頃バンドでキーボードやってたのよ」

「え、まじで?!」

「ほんと」

知らなかった…。

良かった。おかげですんなり納得してくれたみたいだ。安心したところでもう寝ようかな、としたところ母さんに首根っこをつかまれた。

「母さんまだバンドのこと納得したわけじゃないからね」

「そんな、母さんも昔やってたって今!」

「そーよ、でも勉強もしたわ。そうねぇ…順位30番までをキープしなさい。じゃないとバンドは禁止」

「は、はぁ?!せめて60にしてくれよ!」

「だめだめ。今この時期にバンド始めたいとか馬鹿言ってるんだからそれくらいやってみせなさい」

「ええええ…」

「えー、じゃないでしょ。30番以内よ。いーわね」

「はい……」

そこに2階からゆーじが降りてきた。

「母さんおかえりー」

「ゆーじ、あんたも勉強するのよ!せめて60番以内に入ってね」

おおぉゆーじまでとばっちりだ。母さんあなたは一体何を…。

「ええ、80番以内?無理だよ!」

おいおい。ゆーじ、それくらい頑張れ。

俺は30番内だぞ。しかもそれより下だったらバンドが危ない。

まじで勉強しなくちゃな。

「ゆーじとかずには同じ高校に行ってもらわなくちゃね」

!!何を言い出すかと思えば。

そして母さんは高笑いをしながらリビングに入っていった。そしてゆーじと俺は階段の前で呆然と突っ立っていたのだった。


********


「かずーこれ、どうやって解くの?」

どうしてこうなったんだろ…

俺は今30番内にいるために、必死で勉強中だ。

なぜかゆーが俺の部屋にもやってきて一緒に勉強してる。

というか、俺の邪魔をしている。

「次これ、これ教えて」

「自分で考えろ」

こっちはバンドがかかってるんだ。人の面倒までみていられない。

あ、そうかバンド練習もしなきゃなんだよな。うへぇハードだ。

「かず、これ、これ教えてよ」

「た、の、む、か、ら!邪魔すんなよ!」

「邪魔しないから教えてよ」

「………わかった。どれだよ」

渡された問題集を受け取るとゆーじがじっとこちらを見ている。

「?」

「かず、バンド楽しい?」

「え」

「楽しいの?聞いてるんだけど」

急になんだよ、と思ったけどゆーじは真面目だ。

こちらも真剣に返すことにした。

「うん。楽しい」

「…えらいな。俺なんて今何がしたいかさえわからんのに」

…………。

俺がゆーじの言葉に何か返さないとと焦ってるとゆーじがいきなり笑いだした。

「ははは!何でもない何でもない。そうまともに考えるなよ」

そういって俺の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。

そんで部屋の隅においてたキーボードを見つけるとでたらめに叩きはじめるのだった。


*********


「上手くなったなー」

「うん、なかなか」

バンドのメンバーで集まって練習。

曲が終わったあと、涼のバンド仲間の人達はみんなそう言ってくれた。

「え、ほんと?」

「うん。がんばったな」

ちょっと嬉しい。

でもこれだけで喜んでいられない。まだまだ覚えなきゃならないんだから。

しかし涼っていい声してるなー。

思わず聞きほれる。

ってそんなことやってる場合じゃなかった。

ほかの楽器と音を合わせるのって難しい。

でもいっぺんドラムとかやってみたいな。かっこいい。

冗談ぽく涼が結構人気あるんだぜ、って言ってたけど本当かもしれない。

すんげー上手いもん。

おまけに皆かっこいい!!

憧れちゃうよ。

そんなバンドに俺のようなヤツが入っていいのだろうか?

練習後、涼からチケットを買った。20枚。

これを今度は皆に買ってもらわなきゃいけない。

どうしようか?

青木や立花にも聞いてみようか。でも学校で売るのはちとやばいよな。

あ、ティナととおるもいたっけ。

知ってるかな。うちのバンド。

そうだ今度一度会いにいってみようか。

でも母さんの会社に行くのは抵抗が…


**********


もうすぐクリスマス。けど俺の場合、そんなことでいちいち頭の回転をとめるわけにはいかない。

バンドは年が明けて、3日目にライブをやるらしい。

だから俺はそれまでに、演奏する曲を全部弾けるようにならなくちゃいけないのだ。

「か、ず」

「なんだよ」

ゆーじがつつつと俺に近付いてくる。なんだ?

「年始にやるらしいな。ライブ」

げ。なぜそれを。

「それが何?」

「いやーもとはと言えばさ。俺と喧嘩して家出してなかったらお前は今頃キーボードの練習なんてしてなかっただろうな、と思うわけ。お前が涼に会えたのは、俺があんな嘘をついたおかげだと俺は思うんだ」

俺の手がプルプルと震えだす。やたらと何か遠まわしに言ってるけど。

「チケットがほしーなら素直に言えばいいだろ」

「あ、やっぱばれた?」

わかるわい。

「とゆーわけで、かず君くれるんでしょ?」

「ただではやらん。金よこせ」

「なに言ってんの。俺達兄弟じゃないか」

ばーか。兄弟でも貰うもんは貰います。

俺はさっと手を差し出して

「900円」

「う」

俺は冷たくゆーじを無視した。


********


とおるとティナに連絡してバンドのことを話すと購入を申し出てくれた。

それにあわせて立花や青木、学校で興味を持ってくれたやつに売って残りは6枚。あとちょっと。

「そのうちの1枚は俺のだぞー」

ゆーじが何か言ってるけど無視。

欲しけりゃ金払え。

どうしようかな、これ。家で頭を抱えてると母さんが頭を叩いてきた。

「かず、かあさんには売ってくれないの?」

「え、来るの?」

「当たり前でしょ!文句ある!?6枚全部買ったげるわよ」

なんか複雑だけど、ありがとうございますお母様!

そのとたんゆーじが慌てだした。

「全部?!それは困る!」

と叫んだ。母さんはくすっと笑い

「900円で1枚ゆずったげる」

ゆーじはしぶしぶ財布を開いた。

ざまぁ。

とりあえずチケットは全部売れて一安心。

これで今夜はゆっくり眠れるぞ。


*********


学校の帰り道、俺は思わずスキップしたくなるほど気分が良かった。

明日から楽しい冬休み。

もちろんスキップの理由はそれだけじゃない。

終業式とくればアレ。

そう成績表。

2学期の期末はまだバンドのこととかなかったから勉強だけに集中することができた。結果もそれなりによかったし。

俺ってなかなかやるじゃーんって思っちゃったよ。

「かず嬉しそうだな」

「まーね」

「そんなに成績よかったのかよ」

「まーね」

俺の頭の中は今、花畑と化している。

「ゆーじはどーなんだ?」

「……まあまあ」

……こいつ大丈夫かな。俺ら中3だぞ今。



「ただいまー」

「まーっ」

と言っても家には誰もいない。

とりあえず靴を脱いで家に上がる。

「ふふん」

ゆーじがいきなり鼻で笑った。

なんだ?!

「かーずくん」

「なんだよ…」

「成績表みせろよ。どーせ5とか4とかばっかだろ。いーじゃん見せてくれたって」

「じゃあ、ゆーじのも見せろよ」

「……わかった」

あれ、やけに素直。まあいいか。

俺とゆーじは成績表を交換した。

「げー!かずお前これ何!5ばっかじゃん!」

でかい声で言うな。

「…ゆーじ、お前のってすげーな…」

「なんだよ」

本当にびっくり。

一学期はアヒルの行列があったのに二学期はそのアヒルが太陽になってる。

「かず、お前ほとんどの教科4以上の癖して、美術だけ2って」

ぐさ。

そーだ。俺は美術が苦手なんだ。

ゆーじのヤツはどうだろ。

げげ!5だ。

アヒルと太陽の中にただ二つ、体育と美術が輝いている。

「ひゃー!かずって一学期155センチしかなかったのかよ」

え!

「ゆーじ、お前どこ見てんだ!」

俺が成績表を見せるのを拒むとすれば、それは成績以外のことが理由だろう。

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