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「ただいまー」
誰もいない家に挨拶するのはちょっと変。父さんと母さん仕事だから仕方ないけど。
「腹減ったなぁ」
「お前今日マドレーヌ山ほど貰ってたろ」
「あんなん全部食ったわ」
「まじでか。20はあったろ?」
よく太らんもんだ。呆れつつキッチンですぐ食べれるものを物色する。
と、急に電話が鳴り出した。
「はい。藤浦ですが…あ、うん。わかった」
ゆーじが電話にでる。
言葉が砕けてるから母さんかな。受話器を置いたあとに声をかける。
「誰からだった?」
ゆーじはそんな俺を無視して母さんの書斎に入ると一つの書類を取ってきて
「かず、すぐ着替えろ!」
そう言いながら自分も制服を脱ぎだした。
嫌な予感がしつつもここは従う。
あわてて着替えて家を出ると、タクシーが待っていた。ゆーじに引っ張られてそれに飛び乗る。
タクシーの中でゆーじは面白そうに言った。
「母さんから書類持ってすぐ来いって命令。俺ら二人で来い、って言ってたから、なんかあるぞ」
母さんは実の子である俺よりゆーじのほうがノリが合う。よーするにゆーじみたいな俺の母さん。
俺はお前と違って穏やかに生きていたいんだ。
「……帰りたい……」
俺は思わず頭を抱えた。
*********
「かず、着いた」
「うん…」
なんで母親の仕事場にくるだけでこんなに悩まなくちゃならないんだろう…。
「えーと今は撮影中だからスタジオだな」
「げっスタジオまで行くのか?」
「そりゃそうだろ」
ゆーじが平然と言う。
「かずもこいよ」
仕方なくゆーじについていった。
********
「社長ーかず君たち来てますよー」
「あらもう着いたの」
そう言いながら、俺達のいるところまで来る。
「はいこれ。頼まれた書類」
「ありがとう」
「じゃあ俺達はこれで…」
俺がゆーじを引っ張って帰ろうとすると
「どーせだから見学していきなさいよ。結構面白いわよ」
「でも…」
「ゆーじ、かわいい女の子いるわよ」
「そーだなぁー」
おいおいおい。ゆーじのやつ女の子と聞いたとたん目が光るもんな。
「ま、ゆっくりしていきなさい」
そう言って母さんは仕事に戻った。
*********
「とおる君、今日はもう終わりだから帰ってもいいわよ」
「じゃあ失礼します」
*********
えーとゆーじはコーラだっけな。
俺はポカリにしよっと。
「つめてー」
悲しくもじゃんけんで負けてジュースを買いに行かされてしまった。
俺っていつも始めにグーを出す癖があるからなぁ。
…あれ、ここどこだ?周りをぐるっと見回した。あちゃー迷っちゃったよ…。このビルまだ2回かしか来たことないからよくわからん。
げーどうしよう。
と、とりあえず誰かに聞こう…。
すると、タイミングよく俺の横を人が!
「あの」
「え?」
ふりむいたのは俺と同じ年ぐらいの男だった。
整った顔をしているから多分モデルだろう。
「なに?」
「えっと、迷っちゃったんだけど…」
「ぶっ」
いきなりそいつが笑った。
むかっでも迷うなんて、確かにおかしいかもしれない。俺は顔がまっかっかになった。
「で、どこに案内すればいいの?」
「スタジオに…」
「…君モデル?」
「えっちっ違う」
俺は思い切り首を横にふった。
「ふーん」
び、びっくりした。
とりあえず俺はそいつについていった。
少しいくと、見慣れた場所に来たんで、
「あ、ここでいいです」
「そう?」
そのとき
「かずーっお前何やってたんだよ」
ゆーじがそう言いながら走ってきた。
「ごめん、ちょっと迷ってた」
「どーやったら迷えんだよ」
「う…」
「あれ?こいつだれだ?」
ゆーじが俺の隣にいるモデルの子の見る。
「あ、ちょっとそこまでつれて来て…」
「おまえ、その年で迷子かよ」
ゆーじがにやにやしながら言う。
反論できない…。
それにしても青木が一緒じゃなくて良かったぜ。このこと聞かれたら俺は学校中の笑いモンだよ。
「あんたら何者だ?」
モデルのそいつがいきなり聞いた。
「俺ら?」
「ゆーじとかずでーす」
ゆーじがふざけてそう言った。
「そーゆー意味じゃなくて」
「あらとおる君。何やってんの。帰ったと思ってたのに」
その声に振り向くと母さんが後ろに立っていた。
「社長」
とおると呼ばれたそのモデルは母さんににっこり笑いかけた。
母さんは俺達に近付くと
「かず、ゆうじ、この子はねうちのモデルのとおる君よ」
ととおるを俺達に紹介した。
同じように俺達をとおる君に紹介した後母さんは仕事があるからと去っていった。
ゆーじは俺が迷子になっている間にモデルの女の子と仲良くなっていたようだ。
また遊ぼうとか連絡先交換しよとか、連絡してね、するね、とか…すれちがう女の子全てがこんな感じだし。
いつもながらすさまじい。
とおる君も少し呆れてる。
……背高いな。ゆーじと同じくらい。
俺一人小さい…。
そんな俺をゆーじが気がついて
「かず、そんな落ち込むなよ。お前は小さくてかわいいじゃないか」
「お前フォローする気ないだろ」
が、とおる君まで
「うん、かずは小さくてかわいい」
と同意してきた。
しかも呼び捨て。じゃあ俺もとおるって呼ぶぞ勝手に。
つか、男がかわいいって言われても嬉かないわ。
思わずゆーじに覚えてろと睨み付ける。
そんな俺達にとおるは
「君達仲いいね」
だって。
はぁ??モデルって目が悪いんだな。
ゆーじはそれを聞いて
「そう見える?俺達義兄弟だからな」
って言いながら俺の肩に手を回した。
気持ち悪!!離せおら!!
とおるはそんな男同士のやりとりを見て、ノリが気持ち悪かったのだろう、恐ろしい顔をしていた。
ゆーじはなぜかニヤニヤしている。
とおるは最後に肩をわななかせて
「じゃあこれで」
と言い捨てて行ってしまった。
悪いことしちゃったな。
「ゆーじ…お前のせいだぞ!いつまで腕置いてるんだ!のけろ!気持ち悪い!」
とおるは怒らせるし、ゆーじはニヤニヤしてるし迷子になるし、母さんの会社にくるとろくなことがない。
********
「かずー、ゆーじー」
「母さん」
「今日はもう終わりなの。もう少し待っといてくれる?私の車で帰りましょう」
「うん」
……母さんて会社と家と態度が全く正反対だ。家にいる時なんかすんごく口悪いのに。
人前だところっと変わるんだよな。まるでゆーじのほうが本当の子供なんじゃないかと疑っちゃうほど性格が似てる。
「ハイ」
突然キレイな女の子が声をかけてきた。
「やぁ」
なんだゆーじ目当てか。それにしても外人のよーな子だなーと思いながら俺はその子の目を見た。
蒼だ。げ、本当に外人?でも日本語喋ってるぞ。
「ゆーじ、その子外人?」
「父親がイギリス人だからハーフ。モデルさんだって」
「へぇーハーフかぁ」
きれいだな。髪の毛なんかブロンドだし。
「ゆーじ、その子誰?」
「おれの義兄弟。かずってゆーんだ」
そういって俺の頭をぽんっと叩いた。
「ふーん。かわいい子ね」
「だろ?」
……もう何も言うまい。
するといきなりそのハーフの女の子が俺の耳に口を近づけてきた。
な、なんだろ…。
俺は多分真っ赤になってたと思う。
そして彼女は俺の耳元で
「ゆーじのこと、好きなんでしょ?」
「……え」
「日本の漫画で結構そーゆーのあるでしょ?血のつながらないキョウダイが恋人になるのって」
「………」
「ね?」
「あのな……俺は男だぞ」
「……嘘……えーっ」
いきなり大きな声で叫ばれた。
「なに二人で内緒話してんの?怪しいな~」
ゆーじが笑いながらそう言う。
「やだっゆーじったら何も言わないんだもん」
「なにが?」
「この子男の子なの?」
「……そーだよ。俺の義兄さん」
ゆーじはだいたい何があったかわかったみたいだ。またにやにやしながら俺の顔を見ている。
「にいさん……?」
その子はまたびっくりして普通にしてても大きな目をさらに大きくして俺とゆーじを交互に見た。
「って言っても同い年だけどね」
「あ、そーよね。血、つながってないんだっけ」
よっぽど俺がゆーじの兄貴ということが変だったらしい。
「でもかわいーわね。女の子みたい」
がーん!
すんごくショックだった。そりゃこんなこと言われたのは初めてじゃないけど。こうもはっきり言われるなんて。
「あら、ちょっとおしゃべりしすぎたわ。じゃあね。ゆーじ、かず」
彼女はそう言ってゆーじと俺のほっぺたに軽くキスをして去っていった。
ゆーじは別になんとも思ってないみたいだけど、俺はこんなことされたの初めてだったからすごくびっくりした。
「かず、真っ赤だぞ」
ゆーじにそう言われたけど、母さんが戻って来ても顔は戻らなかった。
「顔が真っ赤よ。どうしたの?」
「ティナにほっぺにキスされたんだ」
言うなゆーじ…。
「なんだそれだけ?かずって結構純情なのね」
おいおい、それが母親のせりふか?!しかし、ほんっと青木のヤツがいなくて良かった。
************
「かず、朝飯に魚焼いてよ。鮭食べたい。それから味噌汁は豆腐とネギ」
「……なんで俺がそれを作ると」
「今日俺は青木に本貸す予定がある!ついうっかり昨日あったことを話してしまうかもしれない!」
今日も俺はゆーじの奴隷である。
*********
「おーす、かず、ゆーじ」
「はよー青木」
「かずは何かあった?」
「……なにも?!」
「お前はすぐに顔に出るからなぁ。ほれ何隠してるんだ。吐け」
「ないよ!!」
「あーおはよー、かず君、ゆーちゃん。青木君」
「おはよーしょうちゃん」
「おはよう立花」
「はよー」
「あ、かず、しょうちゃんの持ってる雑誌の広告、とおるとティナじゃん」
「とおるとティナって?誰それ?」
げ、青木が食いついた。
「あー…俺らの母さん、モデルクラブの社長さんなんだわ」
ゆーじのヤツなにを…。
「そんでそんで?」
「んでー、この前さ、ちと用事があって、母さんの仕事場に行ったわけ」
「ゆーじ」
俺は今朝、お前のために魚まで焼いてやっただろうが。忘れてないだろうな?!
「その時にー、ちょっと会って話しただけだよ。二人とも同じ年だしさ」
ほっ
青木に知られたくないことは、言わなかったみたいだ。
ふー。
冷や汗かいちまった。
「そんだけ?」
「そ……」
「そんだけ!」
ゆーじが言い終わる前に俺が大声で言った。余計なこと言われちゃ困るしな。
俺が一安心してると立花がいきなり
「いいなー」
「何が?」
「だってモデルと気軽に喋れるんでしょ?羨ましいよ」
立花は本当に羨ましそうに言った。
「しょうちゃん、なんなら今度見学つれてってやろーか?」
「え、いいの?」
「ゆーじ、なに言って」
立花があんなとこに行ったら…想像しただけで血の気がひいてしまう。
「大丈夫だって。母さんに言っとくよ」
「わーい。ありがと」
「俺も行くぞ」
少しの間静かだった青木がいきなりそう言った。
「別にいいよ」
ゆーじは気軽に答える。
冗談じゃない。青木に来られたら昨日あったことが全部知られてしまう。
勘弁してくれー!!
*********
とうとうこの日が来てしまった。
母さんは気軽にOKしちゃうしさ。
仕方なくスタジオへと進む。
すると向こうから金髪らしき女の子が見えた。
もしや……
「きゃあ!かず!ゆーじ!」
そう叫んでこっちに走ってくるのは……ティナだった。
そして俺は自分より少し背の高いティナにいきなり抱きつかれてしまった。
一気に顔が赤くなる。
「ティナ…ちょっと…」
「あ、ごめん。苦しかった?」
ぱっと離れる。
苦しくはないけど、立花の前だし。
ティナはゆーじをハグした後、はじめて立花と青木に気がついた。
「だれ?」
ゆーじがティナに二人を紹介するとティナはきれいな笑顔を浮かべた。
「よろしく」
そのあとすぐにスタッフに呼ばれて言ってしまったけど、紹介された二人はぽわーんとしてる。
「喋っちゃった、すごい……きれい……」
「美人……」
なんか知らんが、女と間違われた事件を知られなくて良かった。
**********
そのあと二人を連れてスタジオを見学。とおると青木が会ったら嫌だしな。
あんまり動きまわりたくない。
と思ってたら
「やあ、かず、来てたんだ」
とおるからこっちにやって来た。
不本意ながら立花と青木をとおるに紹介した。
「へー見学に来たのか」
この前怒ってたのが嘘みたいに明るい。
「撮影は?とおる」
頼む、どっか行ってくれ。
「今日はもう終わったよ」
「あ……そう」
ちくしょう。
「なんなら俺、案内しようか?」
いらんいらん。
「わーすごい!」
「ラッキーだな!」
立花と青木大喜び。
「……案内よろしく」
頼むから迷子になったことは黙っててくれよ。
「あれー?とおるも一緒なの?」
そこに撮影を終えたティナがひょっこりと現れた。
ちょ、まじでか。
ちなみにゆーじはずっとにやにやしている。
**************
さっきから気になっていることがある。
俺の隣にいるとおるがなんかこっちを見てくるんだ。
何度か視線に気がついてとおるのほうを見るんだけど目が合うとそらすんだよな。
なんなんだ。
俺達の後ろではティナと立花が楽しそうに話をしている。
仲良くなったみたいだ。
青木は何かありはしないかときょろきょろしながら歩いてるし。
ゆーじは俺ととおるの横にきたり青木に話しかけたり、立花たちの会話に入ったり。
皆それぞれ楽しそうなんだけど、俺ととおるはあんまり喋らない。
この沈黙、耐えられん!
「なぁとおる」
ゆーじが突然声をかけてきた。少しほっとする。
「なに?」
「いや、さっきから思ってたんだけどなんでかずと喋らんの?」
「え…別に」
「かず、こんなヤツといてもつまんねーだろ」
「ゆーじ、何言って」
とおるが困ってるじゃんか。つか失礼だなお前。
「だってさ、俺らといる時のかずってもっと明るいし」
それは今の俺が暗いってゆーことか?
それにしてもゆーじの言動が変だ。
「かず、青木んとこ行こうぜ」
「え、あ、でも」
……いつもと態度が違う。そう思ってゆーじの顔をちら見するとなんかにやにやしてる。
とおるを見るとなんだかこっちを睨みつけている。その視線もゆーじ行き。
やっぱり怒ってる……?
「おれ帰る」
とおるはそういうと背中を向けて行ってしまった。
「ゆーじ、お前!」
「はいはい、かず行ってやれ」
「え、俺…つかお前があんな」
「いいからいいから」
とりあえず俺はとおるを追いかけて行った。
「とおる!待てよ」
とおるは止まると
「俺といるよりゆーじといるほうが楽しいんだろ」
振り向きもせず言った。
「いや、あれはゆーじが俺をからかうために…」
「いいよ。無理しなくても。俺といてもつまらないんだろ。さっさと行けば」
「…は?そんなこと思ってないし。でもそこまで言うならもう会わないようにするよ。じゃーな」
俺は皆のところに戻ろうとして方向転換した。
が、腕をつかまれ引き止められる。
「なんだよ」
「ごめん。ちょっとカッときて。あんまりかずとゆーじの仲がいいから」
そう言ってとおるは赤くなった。
「……お前、目ぇ悪いのか?どこが仲いいだよ。俺がゆーじに遊ばれてるだけじゃん」
「だって肩組まれてたし」
「あれはゆーじの嫌がらせ。いつもああやって遊ばれるんだよ。俺が嫌がってるので笑うんだ。それに巻き込まれて嫌な思いをさせたのは悪かったよ」
「そっか、……良かった」
「ん?」
「なんでもない。戻ろうか」
俺達が二人一緒に戻るとゆーじがまたもやにやにやしながら
「おつかれ」
といった。
***************
ティナと立花は連絡先を交換するくらい仲良くなったようだ。
意外にもとおると青木は気が合ったよう。
頼むから余計なことは話してくれるなよ。
交友を暖めたあとティナととおるはマネージャーが同じ人なので一緒に帰っていった。
俺達も帰ろうと入り口まで行くと、なぜか父さんがいた。
「父さん、なんでここにいんの?」
ゆーじがびっくりしてそーいった。
「さっき電話があって、ゆうじらとその友達がここに来てるから家まで送ってやれだとさ」
「……母さんが?」
「ああ」
父さんがしょうがないといった顔でそう答えた。
「なんだ母さん。気がきくじゃん」
「でも父さん仕事は?」
「もう終わったよ」
もし仕事終わってないのに、こんなことさせてたら母さんにどなってるとこだったよ。
そして、立花と青木を家まで送っていって、おれたちは家に帰った。
「ゆーじ、早く夕飯作ってくれ。父さんは腹がへっている」
「えー俺が?」
「ならかずー。頼むー」
「へいへい」
たくゆーじのヤツ、俺に押し付けやがって。
俺は仕方なくキッチンに向かった。
それにしてもうちの母親はいったい何のためにいるんだ?
炊事洗濯掃除、ほとんど俺とゆーじでやってるぞ。
……稼ぎはいいけどさ。
***********
「ただいまー」
テレビを見てると母さんが帰ってきた。
10時だ。
まあいつものことだけどさ。
「かずー何か作ってー」
「はいはい」
「ゆーじーちょっとちょっと」
おい!
何で俺が「何か作って」でゆーじが「ちょっとちょっと」なんだ?!
「何?母さん」
「あのね。とおる君って知ってるでしょ。あの子ってかずのこと女の子だと思ってるわけ?」
「うん」
「きゃはははははっ」
いきなり母さんが大声で笑い出した。
なんかゆーじと話してるみたいだけど俺には聞こえない。
「何々?なんかあった?」
「今日ね、とおる君の撮影が終わったときに聞かれたのよ。かずとゆーじってなんでいっつも一緒にいるんだろって」
「へぇ。で、何て答えたの?」
「そりゃ仲がいいからでしょ、って言っといたわ。でね。ソレ聞いたときとおる君むっとしてたのよね」
「で、結論は?」
「とおる君はかずに気がある」
「おおおおおお」
「かずは昔の私に似てかわいいからね!」
「言えてる」
俺が母さんに夕食を持ってくと、ゆーじと二人で笑い転げてた。
どうしたんだろ?