第四話「真相」
犯人の死因は原因不明の心不全だったらしい。警察の見解だ。不明と言っても、体内から毒物などは見つからず、恐らく、犯行による精神的ストレスが原因なのではないか、そう刑事は言っていた。
さらに、犯人の部屋から盗まれた機密情報が見つかり、それが決定的な証拠になった。父の言う通り、ほとぼりが冷めるまで情報を提供しなかったのだろう。
父は今回のことを一冊の本にして、出版すると言った。
「危ないんじゃないの?」
そんな僕の問いに父はニヤリと笑って
「ペンは剣より強いんだぞ」
と言った。
相変わらずだった。
世間的には一件落着だった。
しかし、気になっていた。
刑事が見せてきた写真に写るボールペンに抱いた違和感の正体。
それが知りたかった。
そんな想いを抱えながら生活していたある日、僕はある写真を見た。
それは僕が五、六歳の頃に家族で遊園地に遊びに行ったときの写真だった。
僕は父に抱かれながら、笑顔で写っていた。母が撮影者だったのだろう。母は写っていなかった。
そして、その時の父が着ていたポロシャツの胸ポケットにそのボールペンが入っていた。
ポケットから見えるのは、ボールペンのノック部分だけだったが、それは容易に判断できた。
そのボールペンは刑事が写真で見せてきたものではなかった。
それは、いつも父が持っていたボールペンであり、僕が知っているボールペンであり、とても形が歪なボールペンだった。
歪というのはノック部分が、普通のボールペンの大体、一・五倍ほど長いのだ。何故今まで気づかなかったのだろう。自分でも不思議だった。
何故このボールペンはこんな形をしているのだろうか。何故父は代わりのボールペンを用意してまで、このボールペンを隠したのか。
――知りたい。
僕はその思いに駆られたまま、父の仕事場の書斎に入った。父は移動する時間ももったいないらしく、警察が立ち入りを許可しても自宅で執筆していた。誰かが入ってくる可能性も低い。
ちなみに書斎の合鍵は複数あり、父がこの家に隠しているが、僕はその隠し場所の一つを知っている。
――カチリ。
扉をあける。
書斎に入る。独特の雰囲気が僕を包む。
書斎に入るのは初めてだった。父の仕事の関係上、入ることができなかったのだ。
書斎は全体的に落ち着いた雰囲気が感じられた。茶色を基調とした仕事机や書棚。そこに大量の資料が山積みになっていた。
しかし、その雰囲気に合わないこともあった。資料の一部が床に散らばっていたり、椅子が倒れていたりと事件があったという事実を克明に物語っていた。
父が帰ってくる心配はない。僕は椅子を元に戻し、そこに座った。
――少し、整理しよう。
まず、父は胸ポケットから出したペンを犯人に渡したと言っていた。しかし、現場で見つかったペンは似ていたがそれではなかった。
ということは、父はペンをどこかのタイミングですり替えたか、最初から胸ポケットに入っていたペンが僕の知っている歪なペンではなく、刑事が見せたペンだったという二つが考えられる。
この二つの考えを一つに絞る方法は、この部屋を調べて歪なペンがあるかを判断すればいい。あれば前者だ。(父は事件が起きてから一度もこの部屋に入っていないから) なければ後者だ。
僕は立ち上がった。
始めに僕は机の引き出しの中を調べる。見つかるのは資料ばかりで、目的のものは見つからなかった。
――次は。
――本棚か。
僕は壁を覆っている書棚に近づき、一冊ずつ本を抜きながら書棚を調べた。書棚は高く、僕は椅子の上に立ちながら調べ続けた。
――一時間後。
僕はベトナム戦争の影響について書かれている本を抜いた。
――すると、ペンがあった。
――それは目的のボールペンだった。
「このペンか......」
ボクは思わず声を出していた。
ノック部分は家族写真で見た通りの長く、写真では隠れていた部分も接着した跡などがあり、握りやすさはお世辞にも良いとは言えなかった。
父はわざわざ書棚に隠すように置いていた。
――でも、なんでこんなことを?
その理由は、このペンにあるのだろう。僕はそう思った。
仕事机の前に移動する。
ペン先のパーツに触れる。幸いここは固定されていなかった。回転させて、取り外す。
ペンを下に向けると、中のパーツが滑り出てきた。バネなどが出てくる。
――しかし、そこにボールペンの芯はなかった。
――代わりにあったのは、小型の注射器のようなパーツだった。
「なんだこれ?」
その奇妙なものを僕はそっと手に取る。
細い注射針があり、注射筒には透明な液体が入っていた。注射器の押す部分もあったが、さすがに気味が悪いので押すことはしなかった。
僕は混乱していた。
何故ボールペンからこんなものが出てくるのか。何故それを父が持っているのか。
とりあえず僕は、ボールペンを元に戻すことにした。
針の部分をノック部分の方向に入れないと閉まらなかった。さらに、普通のボールペンとは中のパーツが全く違った。昔、ボールペンを分解して遊んでいたからよくわかった。
なんとか、元に戻った。
僕はそれを机において、凝視した。
――押してみるか。
僕はそう決心した。
嫌な予感がしたので、ノック部分の穴には指を乗せないように気をつけて、そこを押す。
――パチンッ!!
刹那、穴から注射針が飛び出てきた。さらに針から液体が飛び出している。
「うわっ!」
ボールペンから手を離してしまった。机に落ちた。机がその液体で濡れた。と言っても水浸しというほどではない。
恐らく、ノックすると針が飛び出し、中の液体が押し出されるような仕組みになっているのだろう。
「......あっ!」
一閃が走った。
飛躍した推理だが符号はある。
父はもう一つ嘘をついたのではないか。
父は強盗に計算の結果をメモするようにとボールペンを渡した。そして渡したのは歪なボールペンだった。
犯人はこのボールペンをノックする。すると針が飛び出してきて、犯人の指に刺さる。
ここで犯人は激昂し、父を切りつけた。
――計算を間違えたから斬られたというのは嘘だったのではないか。そうだとしたら、何故嘘をつく必要があったのか。
犯人の体内にこの液体を入れるためだ。そして、斬られた理由をでっち上げ、このボールペンを隠したのは、液体を入れたことを隠すため。
――犯人の死因は原因不明の心不全。
これは警察の見解。
――約一ヶ月。
犯人が犯行に及んでから、死亡するまでの期間。
僕は父の言葉を二つ思い出していた。
――ある国には、凄い毒物があるんだぞ。
僕が幼い頃に父が言った言葉。
――体内に少しでも入ると、三十日後に心不全を引き起こす毒物だ。しかも、遺体からはその毒物は検出されないんだ。
父は、持っていたのではないか。
そして、父の口癖であり、信念。強盗に剣を突きつけられた父の言葉。
――ペンは剣より強いんだぞ。
「父らしい方法」完結しました! 読んでくださった方、本当にありがとうございます。
拙い文章で、少々強引な結末だったかもしれませんが、出来る限りの努力をしました。
読んでくださった方の中で、「面白かった」という方や、「なんだこの駄文は?!」と思った方がいましたら、感想の方、書いてくださるとありがたいです。ボクの拙い文章が少しでもよくなるかもしれませんので、誤字脱字の指摘でも構いません。
そして、これからも執筆を頑張ってまいりますのでよろしくお願いいたします。
最後に、この作品を読んでくださって、本当にありがとうございました。
エディ@刹那