第三話「急転」
「なるほど......」
父の話を聴いた刑事たちは何か思案した様子でそう言った。
「では、何か犯人の手掛かりがありますか?」
やせ形の刑事の問いに、父は少し考えて言った。
「すいません。今すぐには思い出せません」
それから刑事たちは父に二三質問して、帰っていった。僕らも一時間ほど父と話してから、病室を後にした。
予定より二日延ばして、父は退院した。
家に帰ってすぐ、父は仕事場に籠って執筆する準備を始めた。
「おいおい父さん、しばらく休んだら?」
僕の言葉に父はこう返した。
「何言ってるんだ。締切は迫ってるし、やらなきゃいけないことは沢山あるんだ。休む暇なんてないんだ」
「だったら、せめて仕事場じゃなくてこの家でやってくれよ。俺と母さんだって手助けできるし、何より、あの書斎は使えないだろ」
仕事場の書斎は警察が現場保存のため、立ち入り禁止になっているのだ。
父は少し考えて、言った。
「わかった。但し、静かにしてくれよ。集中が散ってしまう」
僕は「わかってるよ」と答えて、父に荷物運びの手伝いを申し出た。承諾をしてくれたので、僕は父の資料をいくつか持って父の部屋に向かった。
三十分ほどで用意は終わった。
ノートパソコンを立ち上げている父に僕はこう訊いた。
「犯人の心当たりはないの?」
父は画面から僕に目を向け、言った。
「犯人は他のものには目もくれず、機密資料のみを狙っているようだった」
父の言いたいことがわかった。
「つまり、犯人は資料を盗むことが目的ってことか......」
「さらに、資料を盗もうとする一般人は少ない。つまり、どこかの国が絡んでいる」
「......なんか、大事になってきたな。警察にそのことを伝えたんだろ?」
「いや」
僕は父の言葉を疑った。
「日本警察は優秀だ。そんなこと、とっくに気づいていた」
「いくら優秀でも、早く捕まえないと機密資料が世界に流出する危険もあるんじゃないの?」
「今すぐはない。少なくとも一ヶ月は動かないだろう」
「どうして?」
「警察の捜査がピークの時に動くと、尻尾を掴まれやすいだろ。少なくとも一ヶ月は様子を見る」
「なるほど......」
僕は合点したが、父の言う通りなら、逆に一ヶ月以内に捕まえなくては面倒なことになるということだ。
「まあ、そう暗い顔をするな。大丈夫だ」
父はどこか楽観したように言った。
「さあ、もう仕事するから、出てけ」
父がそう言うので、僕は言う通り部屋から出た。
しばらく、居間でテレビを見て過ごしていると、インターホンが鳴った。
玄関に向かうと、来ているのが刑事だとわかった。
「どうしました?」
「一樹くん。お父さんはいるかい?」
「はい。仕事しています」
僕がそう答えた後、後ろから父の声がした。
「どうしました?」
「実は、確認してほしいことがありましてね。これなんですけど」
そう言って恰幅の良い刑事は一枚の写真を父に差し出した。
「これが犯人に渡したボールペンで合っていますか?」
「はい。間違いありません」
父は一瞥して、そう言った。
「一樹くんも見てくれないか。よくお父さんが胸ポケットに入れているペンなんだ。わかるかい?」
あのペンによく似ていた。しかし、何か違和感があった。
いや、記憶違いだろう。僕はそう合点して
「はい。あのペンだと思います」
と言った。
刑事は満足そうにして、帰っていった。
その日から、約一ヶ月後。
そろそろ面倒なことが起こってしまうかもしれない時期だ。
しかし、事態は好転した。警察は犯人が特定できたという。 犯人はある国(――としか教えてくれなかった)から僅かな金で今回の犯行を引き受けたらしい。
刑事たちは僕らにそのことを伝えた次の日、犯人の家に向かった。
インターホンを押しても、反応がなかったらしい。
気になって、マスターキーで扉を開け、中に入った。
犯人は――いた。
死体となって――いた。