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第六話

どうやら本格的に撤退の準備が押し進められはじめ、主力軍は首都へ帰還するとの事だ。

勿論リカルドもその仕事に追われており、以前のように病院に頻繁に顔を出さなくなった。

おそらく、私がリカルドを従者として広められたくないと言ったことも関係しているだろう。

急に途絶えた見舞いを寂しいと思うどころか、落ち着いてしまうのは庶民として仕方のない事だった。彼は余りにも違い過ぎる。

身分というより、生まれによる環境の違い。その思考。その所作。

対して自分は、泥臭さの抜けない只の特殊職業人。

気にしないのは無理だろう。

私は訪れた平穏を享受しながら、僅かに力の入るようになった手足のリハビリを始めてみていた。

手足が僅かに力が入るようになったので、調子に乗って寝返りでもうってみようと試みる。

誰かが来ない限り寝返りも出来ない状況から、ようやく抜け出せそうだ。

重心を少しずつずらし、腕を立てて上半身を支えようとする。

けれども途中で力つきて体が崩れてしまった。

ベッドに倒れ込みそうになった迄はまだ良いが、その後がいけない。

つかんだベッドの柵が外れ、その拍子に体がベッドからずり落ちてしまった。

痛みを覚悟して目を瞑る。

次の瞬間、やって来たのは痛みではなく柔らかな感触だった。

「・・・お怪我はありませんか?」

知った声に状況を確認すると、何故かリカルドが私の下敷きとなっていた。

自分の体に痛みは無い。

「大丈夫です」

「それは良かった」

リカルドは崩れた体制の私の膝に手を回すと、子供を抱くように軽々とベッドに引き上げた。相変わらず、そつない動きである。

「ありがとうございます。

・・・あの、何時からいらっしゃったんですか?」

「たった今です。

開いていたドアの向こうから落ちるのが見えましたので。

間に合うかと肝が冷えました」

久しぶりに見るリカルドは笑みを浮かべていたが、疲労の色も同時にあった。

要職であるし、忙しかった筈だ。

この場所へ来るにも時間を無理矢理作ったのではないだろうか。

「念の為、医者に見せましょう。幸いにも病院ですから」

「そこまでしなくても良いですよ。リカルドが助けてくれましたし」

「後から問題が出ることもございます。

どうか私の為にもご自愛下さい」

私の為にも、と来たか。そう言われては断れない。

仕方なく呼ばれた医師の診察を受け入れた。

医師は頭や上半身を調べ何処にも痛みが無いことを確認すると、様子を見守るリカルドと私に気楽に言う。

「何の問題も無いでしょう。

この程度なら心配するほどの事はございません」

「そうですか。ご苦労様です」

リカルドは目元を緩ませ、医師に礼を述べた。

「では私はこれで」

忙しそうに医師は出ていってしまった。

二人になった部屋で、リカルドに勝ち誇った笑みを向ける。

「何も無かったでしょう?」

「結果論です」

「まあその通りですが。

私よりリカルドの方がよほど病人のような顔をしています。

忙しい中、無理に来なくとも良いですよ」

無理に来るぐらいなら、体を休めて欲しい。

その思いから言った言葉に彼は寂しそうに苦笑する。

「つれない事を仰いますね。

・・・それに、今日は顔を見に来ただけではありません」

「何ですか?」

「実は近日中に首都に帰還する事が正式に決まりました」

本当に停戦に向けて動き出しているのだ。にわかに実感が湧いた。

戦争が終わる。目の前の騎士は五体満足で家に帰る事が出来る。

心から笑って、それを喜んだ。

「おめでとうございます」

リカルドもそれに答えて微笑する。

「有り難うございます。

一足先に戻ることになり、恐縮ですが」

そうか、リカルドとはもう会えないのかもしれない。

私は暫く病院から出ることは出来ないし、リカルドは首都に戻れば仕事もあり病院まで来れないだろう。

主従といっても、二人の間の誓約である。

仕事も生活もある人間同士が、現実的に考えて傍に居続ける事は難しい。

「寂しくなりますね」

しみじみと呟いた私に、リカルドは何処か落ちつき無い様子で視線をずらした。

「それで、その事なのですが・・・」

少し間をおいて、私の目を見て言った。

「私の家にいらっしゃいませんか?」

「はい?」

予想していなかった申し出に、思わず聞き返してしまった。

戸惑う私にリカルドは説明する。

「一度首都に戻った後、迎えを寄越します。

私の家でしたら、腕の良い専属医師もおりますし不自由はさせません。

使用人も口が堅い。治療に専念出来るでしょう。

いかがですか?」

有り難いが、そこまで負担してもらうのも悪く思う。

それに、私は今の病院暮らしにも慣れてきた。

体さえ動けるようになれば、私の暮らしてきた荒ら家に帰れば良い。

それで元通りである。

「この病院でも、十分良くして頂いてます」

「そう仰らず。必ずやご満足いただけるようお仕えいたします」

不満があって断っている訳ではない。

渋る私を見て、彼は顔を苦しげに歪ませる。

「御身が大切なのです。

この場所と首都では遠すぎて、通う事も儘なりません」

リカルドが首都に戻った後も私と接点を持とうとしていた事に驚く。

しかし考えてみれば、自ら呪術を施すほど私に執着していたのだ。

私が思っていたように簡単に関係を断ち切る筈が無い。

遅ればせながらそこまで考えが及んで反省する。

リカルドは悲痛な表情で、相変わらず私を一心に見つめていた。

美しいものが悲しみを表現すると、どうしてこうも罪悪感に満ちるのだろう。

結局無理矢理負わされたとはいえ主としての責任感と、美丈夫の迫力に負けてしまった。

「・・・分かりました。行きましょう」

諦めて首を縦に振った私に、リカルドは笑みを向けた。

「感謝致します。ハルカ様」

どうやらまだ縁は切れないらしい。


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