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第五十八話

私たちはしばらく抱き合ったままいた。

そしてどちらからともなく見つめあうと、リカルドは言った。

「帰りましょう。そのままの姿で。私たちの家へ」

「でも…」

リカルドの提案に頷く前に、私は置いてきた全ての事を考えずにはいられなかった。

何も終わってなどいなかった。リカルドもこの国の現状を同じく思い浮かべ、苦々しい顔をした。

「英雄を熱望していながら、あの役に立たない宮廷魔術師の一言で人心が離れるならばそれもこの国の定めでしょう。

己の都合だけで他人を勝手に祭り上げ、貶めるならばそれにハルカが振り回されなければならない理由も無い」

「国は」

「今度こそサモラを含めた面々が前線に駆り出されるでしょう。そうでなければ。

その身で悪言の報いを受けなければなりません」

私が我武者羅に背負わなければと気負っていたものを、リカルドが私でなくてもいいと否定する。

彼がそういうのなら、そう思えてくるのが不思議だった。

けれど一方で拭いきれない不安がどうしても心に残っている。

「誰も知らぬ場所へと行きますか」

あたかも冗談のように、けれど真剣な声でリカルドが私に向かっていった。

「戦など聞こえないほど遠くへ」

私はどうしたいのか自分自身に問いかけた。

元々この国の為に戦おうと、守ろうと奮い立ったのも師匠を通じてこの国の人を信じ、愛着を感じたからだ。

その理由も今や全て隣に立つ彼の為にある。リカルドさえ隣にいてくれれば、私はきっと地の果てでも幸福を感じられる。

けれどセラフィさん、グラハム、私に良くしてくれた屋敷の人たち、村の人たち。

彼らをどうでもいいとも思っていない。

それらの問題を解決し、かつ私の望みを叶える手段は既に思いついていた。

それは遥としての、どうしてもやり遂げなければならない義務だった。

「やり残したことがあるのです。一つだけ」

「…何でしょう」

聞きたく無さそうな、しばしの間があった。その予感は当たっている。

「カナウカレドを、放ってはおけない」

リカルドは怒りを含んだ激しさで体を離し、私の両肩を掴んで睨み付けた。

「あなたは!どうしてそう全て自分で被ろうとする!

止めてください。あの怪物を倒そうとして、今までどれだけの死人がでたか!」

彼は私がこれまでの立ち位置を守るために、死地へと赴こうとしていると思ったようだった。

確かにカナウカレドを討伐すれば、誰の目から見ても私の実力と名声は揺るぎないものとなる。

しかし、それは全く本当の目的とは違う。

「違うのです、リカルド!私は彼を放っておけない。

同じ理によってこの世界に来た、たった一人の同胞だと思っているのです。

彼を置いて、どうして私だけが一人幸福を手に入れられるのかと」

カナウカレドが執拗に人を追って殺すのは、彼が苦しみの最中にまだあるからだ。

恨みがその身を蝕んでいるから、そうせずにはいられない。

彼は怪物なのだ。獣でもなく。人を憎み恨み殺す、そんな悪意の感情の固まりとなってしまった。

ハルベルでの話を思い出し、カナウカレドの生い立ちを知り、私はそのことがよく分かってしまった。

リカルドは歯がゆさを隠さず、苛立たしそうに土を踏みにじった。

「そうして、貴女は誰も彼も気にかける。私にみすみす見殺しにしろと?

出来るはずがない!」

思い詰めた彼に鋭く睨みつけられて、少し恐怖を感じるほどだった。

「いっそのこと、貴女を閉じこめてしまいたい」

「でもリカルドはしないでしょう?」

リカルドは私の信頼に押し黙る。

「・・・私はそこまで清い男ではありませんよ」

「でも、しないでしょう?」

大きなため息がリカルドからこぼれた。非常な我慢を強いられているようだった。

「貴女を失いたくない」

「戻ります。必ず。」

「一人では行かせません。私も共に」

そう言うことは予想がついていた。返事はもう決まっている。

「いいえ。リカルド。私一人で行きます」

驚愕を露わに、リカルドは私に叫んだ。

「何故!」

「もう手段を考えているからです。

空を飛ぶ怪物を倒す方法を、考えて考えて考え抜いた。

私一人でなければ実行出来ない」

それは確かに理由の一つだ。もう一つ、リカルドに危険のない場所にいて欲しいと思っていることは決して伝えられない。

「空中戦になります。如何に駿馬といえど、空の鳥よりも早く森の中を駆ける事は出来ないでしょう」

リカルドは押し黙った。私の本気を感じとり、勝てるとさえ思っている事を知ったのだった。

「怪物がどれほど凶悪か、ご存じなのですか」

「ええ。勿論」

ハルベルの砦には、多くの彼に対する書物があった。

そのときはまさかこんな事態になるとは思っても見なかったが。

倒すとなれば、準備は入念に必要だ。

戦いの前にまたあの砦へ行き、より詳しい更なる知識を得るつもりだ。

「方法を聞かせてもらいます。納得行かなければ、行かせませんのでそのおつもりで」

「わかりました。生きて帰る為に全てを尽くしましょう」

私はそう言って、不安など全くないように笑った。

それを見てリカルドは決心がついたようだった。

「その言葉を・・・信じます」

「これが最後のわがままです。どうかリカルド、許して下さい」

「何を許すというのか。それがハルカなのでしょう。望むままに。

私の所へと帰るのならば」

どれだけの思いを飲み込んで、今の一言を言ってくれたのだろう。

その思いに必ず応えなければと強く思った。

「さあ、となれば、準備を進めます。まずは屋敷へと戻りましょう」

「はい」

色々と頭を下げなければならないことが沢山ある。

迷惑をかけた屋敷の人たちの顔を思い浮かべ・・・ふと思いついた。

「ところで…、リカルドは私の残した伝言を読まなかったのですか?」

「伝言?」

彼は不思議そうな顔で私を見返した。

「はい、『必ず帰る』と書き残したのですが」

「…いえ、ああ。…なるほど。何でもありません」

リカルドは一人納得し、何故かそれ以上私に語ろうとしなかった。


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