表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/69

第五十五話

「すまない」

「すまない」

「すまない」

うるさい!結局あなたは、私を騙したじゃないか。

「すまない」

何度謝っても、もう私はあなたを許せない。

「すまない」

耳障りだ。本当に誠意があるのなら、私に説明してみせて。

如何にあなたが愚かであったかを。

気がつけば手にした根菜を手でへし折っていた。

すっかり荒れた畑の土を弄っていると、今日もリカルドの姿が見えた。

リカルドは何度も足を運んだ。その直向きさに、私はどうすべきか迷っていた。

重ねる来訪の数が、私に戻れと言っている気がする。

自分の行うべき義務も、はっきりと決まっている。

後は足を踏み出す時期だけだ。

人と触れ合わない生活の中にいると、偽物で作られた箱庭の中に居るような感覚に襲われる。

その中で訪れる彼だけが真実味を帯びていた。

しかし、私の仮面は十分か。その葛藤が続いていた。

僅かに残った食べられそうな根菜の収穫を終えた頃だったので、体を上げて彼に言った。

「また来られたのですか。今日も変わらず、居ませんよ」

「何度も足を運ぶつもりです。会えるまで」

そういう彼は昨日よりも何処か違った表情に見える。

もう何日も足繁く通っているのだ。話す機会を設けて見れば、何か変わるかも知れない。

別人のふりをして彼の気持ちを聞けるなど他にないだろう。

「ちょうど昼食を作ろうと思っていた所です。

お一人で山小屋に寝泊まりされているのでしょう?

大変でしょうし、簡単なもので宜しければご一緒しませんか」

リカルドは躊躇わずに誘いに乗った。

「ありがとうございます。ご相伴に預かります」

私は彼を家の中へ招き入れると、用意できる物だけで出来る質素な食事を作る。

その間彼は興味深そうに家の中を見回していた。

溢れる奇妙な師匠の遺品に目を奪われているようだった。

それから彼の口に合うはずもない食事を共にし、短く終えた。

「ごちそうさまでした」

ふと気づくと、リカルドは私に真剣な眼差しを向けていた。

何かを暴こうという鋭い目だった。

「・・・その言葉を、ハルカ様もよく言っていました」

「そうですか」

「貴女があの方に教えたのですか?」

「ええ」

「イチトセさんの出身は?」

「・・・ファレンです」

「いいえ、嘘です。彼らはそんな文化は持たない」

遥の手がかりを求め、リカルドは行動に移ったらしい。

確かに今彼の手元にある遥の手がかりのうち、最も有力なのは過去共に生活したという今の私に違いない。

彼は躊躇う素振りを見せながらも、私をこう表した。

「貴女は見過ごすには少々異質過ぎる」

それは、私にとって当然の事であり、また同時にリカルドから言われる事を恐れていた言葉でもあった。

私の本当の姿を知られ、彼に拒絶される事に何より怯えていた。

告げることを引き延ばし続け、或いはこのまま死ぬまで黙っていようとも思っていた。

けれど今を置いて私の真実を語る時は無いに違いない。

彼がハルカとイチトセが同一人物であると気づいていない状況は、私の背中を押した。

言うべき時を与えられたように思えた。私は意を決し、口を開いた。

「私、この世界の人間じゃないんです」

「それ、は・・・」

疑うような響きで私の答えに返した彼は、しかしその頭の良さですぐさま理解したようだった。

「あの日は、学校の帰り道でした。目眩がしたと思ったんです。

くらくらして、私はその場に座り込みました。

そして気分の落ち着くまでそうしていて…顔を上げたら、全てが変わっていた」

私は全て語った。あの時の痛いほどの感情を思いだし、こみ上げる吐き気を押し殺して。

「あの人から『すまない』と、幾度聞いたでしょう。

もう鬱陶しいぐらい。魂を削るように。

だから、私、言いました。

『きっと私が呼ばれた意味があるのでしょう。』

そんな慰めにもならない言葉を、何より信じたいのは私かもしれません。」

情に訴えるなんて真似をせず、客観的に淡々と聞こえるように。

誰かに語るのはこれが最後になるだろう。

リカルドは受け止めるように静かに聞き終えると、私に聞いた。

「ハルカ様を、イチトセさんはどう思っているのですか」

「・・・さあ、どうでしょう」

自分でも答えが分からなかったので、はぐらかすように答えた。

リカルドであっても、この突拍子もない話を直ぐに整理する事は難しいらしかった。

「答えていただいて、ありがとうございました。

・・・少し、考える時間が私には必要なようです」

「そうですか」

しかし、拒絶するような響きは全くなく私は内心大いに安堵する。

リカルドに浮かぶ表情は戸惑いばかりだ。

「また来ます。必ず。一度、今は帰ります」

「ええ。分かりました」

リカルドは何度も私の顔を気遣うように見てから、家をあとにした。

一人になった家で、大仕事を終えた私は大きく一つ息を吐く。

聞いてもらうというのは不思議なもので、状況も何も全く変わっていないというのに、私の中は言う内に整理され一つの感情が湧きあがった。

それは、不思議なほど落ち着いた満足感。

リカルドが、覚えていてくれるならばもう、いいじゃないか。そんな風に思えてしまったから。

我ながらなんて慎ましく、強烈な思いである事か。

あの人の為に全てを捨ててもいいと思いながら、得られるものが自分を知ってもらえることだけでこんなにも満足してしまうなんて。

私はすっかり落ち着いてしまった自分の気持ちを自覚した。

これならばもう首都に戻っても、私はやっていけるだろう。

常に、常に問うてきた私の存在の意味は、もはや得られるものではないと理解した。

カナウカレドの暴れた過去を知って、どうしてそれに希望を持てるだろう。

けれどハルカなら、リカルドが間違いなく必要としてくれるのだ。

師と、師と暮らしたこの地が『遥』の証明でもあった。

しかしもはやこの地に戻ってみても、私の胸には裏切られた失望だけが浮かぶ。

ならばこう思う他ないではないか。

私は死なずして、界を越えるという奇跡を経、生まれ変わったのだと。

『遥』に対する自分の中の全ての未練を断ち切って、私は一介の魔術師にようやくなれた気がした。

ああ、でも一つだけやり残した事がある。

カナウカレドを救わなくては。私と同じ運命を背負わされた。

同じ理によってこの世界に落とされた、唯一の同胞。

その嘆きを理解出来るのは、私しかいなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ