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第五十一話

イチトセさんは私の顔を見て、困った顔をして小さな畑から体を起こした。

「また来られたのですか。今日も変わらず、居ませんよ」

「何度も足を運ぶつもりです。会えるまで」

私は毎日確認のために家にやってくる男を、さぞ鬱陶しく思っているだろうと申し訳ない気持ちになった。

けれどイチトセさんはそれを表に出す様子も無く、私の身を案じた。

「ブラムディ様は要職の方とお見受けします。

お仕事は大丈夫なのですか?此処から首都まで近くとは言えない距離でしょう」

「構いません、私一人が抜けて困る国ではありません」

「それでは、余り長くいるとブラムディ様が困ることになりませんか?」

「その時はそれまで」

もしも本当にその時が来たのなら、領地と爵位を返上し何の気兼ねなく動けるようになるだろう。

私の執着の無さに気づいたか、泣き出しそうな顔をしてイチトセさんは言った。

「貴方は戻られるべきでしょう。

彼は、自分の為に誰かが犠牲になる事を好みません」

「…本当にイチトセさんはグラーク様・・・いえ、ハルカ様と親しかったのですね。

あの方が言いだしそうな事を、よく思いつくものです。

けれど心配は要りません。

元々私にとって、一度は捨てたものたちです」

「きっと後悔しますよ」

親身になって心配してくれているが、それはもう越えてきた問いだった。私は笑って答える。

「今まさに抱いている後悔とは比較にはなりません」

私の明快な答えに二の句が継げず、諦めきれない目をしながらもイチトセさんは畑から収穫した物を籠に入れた。

「ちょうど昼食を作ろうと思っていた所です。

お一人で山小屋に寝泊まりされているのでしょう?

大変でしょうし、簡単なもので宜しければご一緒しませんか」

「ありがとうございます。ご相伴に預かります」

女性一人の家に上がり込むのは気が引けたが、それ以上にハルカ様の暮らしていた家の中がどうなっているのか気になった。

図々しくもその提案にのると、イチトセさんは私を家の中に迎え入れてくれた。

扉を開くと外の理解不能な品に劣らぬ不思議な物たちが、家の中にも所狭しと並べてあった。

見慣れてきたからだろうか。最初は不気味だとしか思わなかったが、作り手の温かさが滲み出ているのを感じた。

此処はまるで・・・子供部屋のようだ。

そんな考えが浮かぶ。いびつさはともかくどれもこれも手の込んだ物で、それが誰かの目に留まるように部屋に置かれている。

研究の目的の為だけであるなら、もっと雑然としているだろう。

しかしだからといって、慣れる物ではないが。

部屋の様子に目を奪われている間にイチトセさんは手際よく料理を作り終え、私を招いた。

「こちらへどうぞ」

「ああ、ありがとうございます」

木製の椅子に座り、差し出された料理を見る。

どれも山の中でとれる物だけで作られた、質素な料理である。

私が居るからか品数は多かった。

気になったのは、私にはスプーンやフォークが用意されているのに対し、彼女にはたった二本の棒が置いてあるだけだった事だ。

「いただきます」

「・・・いただきます」

イチトセさんの真似をして同じように手を合わせた。

ハルカ様も行っていた食事前の動作を、彼女も全く同じに行っていた。

ハルカ様が彼女に教えたのだろうか。

彼女がハルカ様に教えたのだろうか。

私は場所も人物も全く異なっているにも関わらず、その一所作だけでまるであの方と再び食事をしているかのような錯覚に陥った。

浮かんだ疑問を全て聞かねばならない。今日はその決意してやってきた。

此処で暮らしていたハルカ様を知るのは、イチトセさんだけだろうから。

イチトセさんは苦もなくそのたった二本の棒を上手に使い食事を行っている。

よくそこまで使いこなせるものだと感心してしまう。

何処の文化だろうか、全ての行動を観察して考えたが結論は出なかった。

「美味しいです」

「それは良かったです」

感想を言えば、イチトセさんは顔をゆるませた。

ああ、まただ。初めて見たこの表情に、何度も見たことがあるような錯覚に陥るのは。

互いに食事を食べ終えた時、ハルカ様いつも言うのと同じように彼女も言った。

「ごちそうさまでした」

「・・・その言葉を、ハルカ様もよく言っていました」

「そうですか」

「貴女があの方に教えたのですか?」

「ええ」

「イチトセさんの出身は?」

「・・・ファレンです」

「いいえ、嘘です。彼らはそんな文化は持たない」

彼女が言ったのはイチトセさんによく似た風貌の人たちが住まう異国だ。

しかし、彼らはイチトセさんのような行動はしない。

彼女は私の少し不穏な空気を感じ、探るような眼差しを向けた。

「ブラムディ様。貴方に伝えたくありません」

「ではハルカ様の出身を教えて下さい。

何処から来て、いつ頃先代の弟子となったのか」

「私の口から言うことではありません。本人に聞いて下さい」

魔術師の弟子として全て捨ててきた者の情報を尋ねるのは、非礼な事だと理解しているので予測できた答えだった。

しかし、私はハルカ様の情報を出来うる限り集めたい。

「では貴方自身の事を。貴方は何故この家に居候としているのですか?

何故嘘をつくのです。貴方は・・・何者ですか」

「急に、色々とお聞きになるのですね」

「時期を見計らっていただけです。

確かにハルカ様の事を知っている様子ですから、関係者であるとはわかりますが・・・」

私は頭に浮かんだ言葉をそのまま使うべきか少し迷ったが、これ以上に的確だと思う表現が見つからず、そのまま言った。

「貴女は見過ごすには少々異質過ぎる」

罪悪感を抱いてしまうぐらいに、私の一言に彼女は悲しんだ顔になった。

「異質・・・ですか」

「はい」

「そうですか。いえ、自覚はしているのです。

このような地元の人にとって見慣れない物に囲まれた生活をしているのですから。

しかし本当は、自分の胸の中の異質さこそがもっとも悩ましい事なのです」

思いの外簡単にイチトセさんは口を開いてくれた。

それは例えば常人が想像しうるような多少の苦労でも語るかのように。

けれどこの奇妙な家の様子から、そんなものよりももっと暗い予感がした。

「それは、どういう・・・」

イチトセさんは深い悲しみを浮かべて、私に言った。

「貴方はハルカをずっと支えてきてくれましたから。

信頼しています。貴方にならば、お話いたしましょう」

不安を滲ませたその様子に、私はどうにかして慰めねばという気に駆られた。

しかし、情報を折角伝えてくれる気になった彼女を止めるわけにもいかず、その衝動を押しとどめた。

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