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第五十話

馬を駆けさせるべき方向は、一つしか思い浮かばなかった。

何も他に知らないのだから、今向かう場所以外が分からないというのが正しい。

向かう先に探している人物が居なかったら、という不安は確かにある。

ならば待とう。戻ってくるまでいつまでも。

草原を抜け、木が疎らに生え、やがていつしか周囲の風景は森に侵食されていた。

旅の末ようやく人影が見えた場所は家屋が点在し、畑と家畜が彼らを養うだけの分しかない小さな村だった。

山の肌寒さを感じながら馬を下りる。

家畜の世話をしていた村人の婦人が、見慣れない都会の男を凝視してきた。

不信感を持たれないよう出来るだけ柔和な笑みを浮かべて婦人に尋ねた。

「すみません。

この村で、グラーク様という魔術師がいらっしゃるとお聞きしたのですが。

お住まいはどちらかご存知ですか?」

婦人は珍しい人への興味を隠さない目で教えてくれた。

「グラークさんに態々会いに?変わったお方だねぇ。

家は森の中だよ。もっともっと山の上。よその人だと分からないんじゃないかね」

「では、どうすれば行けますか?」

「木こりの爺さんにでも頼めば連れて行ってくれると思うけどね。

ほら、あの家に住んでる」

そう言われ指差された先は確かに目視できるが、相当上に登らなければならない。

予想するに、ハルカ様の住まいはそれよりさらに離れたところだろう。

婦人に感謝した後に向かえば、予想通りに傾斜のある道が続いている。

訓練に慣れた自分でも疲労する道を越えて到着すれば、かなり年老いた木こりの老人が外の切り株に腰掛けて転寝していた。

その老人を起こして案内を了承してもらうと、老人は更なる険しい獣道の中を外見からは想像できない健脚で登ってくれた。

「グラークさんの知り合いかい?」

「ええ、私の恩人です。どうしてもお会いしたくて此処までやってきたのです」

「ふうん、ご苦労なことで。

でも、随分村には顔を出してないから居るか分からないよ」

聞かされた内容に失望する。しかし、ある程度予想していたことでもあった。

「ならば戻ってこられるまで此処に留まるつもりです。

泊まれる場所はありますか?」

「屋根だけでいいなら、山小屋があるよ。俺はあんまり使わんから」

「有難くお借りします」

善意に満ちた申し出を感謝しつつ受け入れる。人の雰囲気で良い村だと思った。

急いで駆け抜けてきた旅もあと少しで目的地へと辿り着く。

不意に老人が森の中で足を止め、獣道の先を指差した。

「用事が無い奴は、一応これ以上先には進まんようにしててな。俺は此処で待ってる。

此処から先は一人で行ってくれ。良い人だけど、魔術師の領域だから」

「…わかりました。案内ありがとうございます」

そう言われたので老人を残して先に進むことにした。

何とか森にかき消されずに済んでいる僅かな道を目を凝らして進む。

一回り大きな木を越えると、今まで気づかなかった事が不思議なほど急に開けた場所が現れた。

木造の小さな家と畑のようなものがあり、水も何処からか引いてきてある。

そこかしこに置かれてある私の目にはがらくたと見える理解不明な物体達は、魔術師の道具だろうか。

木を削って造られた生き物の像や、金属を組み合わせた箱状の大きな何か。

それらは無造作に置かれてあり、不気味な威圧感があった。

これでは確かに村人達は用事も無ければ近寄りがたい。

納得しつつ、扉の前に進む。

扉の上にも硝子で出来た良く分からない小さな袋があり、近づくとようやく分かる程度の小さな音を立てていた。

一体これらは何の意味があるのだろう。

首都では見る事の出来なかったハルカ様の一面が、これらの中に隠されているのかもしれない。

私は意を決して扉を数度叩いてみた。

返答も無く、開かないだろう。その予想通りに人の返事は無い。

これから続くであろう忍耐の時間への覚悟の溜息をつくと、不意に扉が内側から開かれた。

気づけば見慣れない異国の容貌をした女性が目を大きく開いて、私を見上げていた。

足音も聞こえなかったので、扉の裏に偶々立っていたのだろうか。

想定していなかった事態に驚いて硬直してしまった。

堀の浅い顔立ちに、漆黒の髪と黒に近い濃い茶色の瞳。

少女に見まがうほどの幼い顔立ちであったが、過去僅かに会ったことのある異国の旅人と同じような民族だとすれば成人した女性と思われた。

何物か推測する一方で、私の頭は彼女に対し奇妙な懐かしさに似た感情を訴えていた。

間違いなく初めて会った人物であるのに、幼馴染のような親近感がある。

「どうして…」

独り言のように彼女が呟いた。その声も、何処かで聞いた気がした。

私はその自分の感覚の不思議を押し隠しながら、彼女に向かって尋ねた。

「初めまして。私はリカルド・メルツァース・ブラムディと申します。

此処に、ハルカ・グラーク様はいらっしゃいますか?彼を探しているのです」

彼女は暫く視線をさまよわせ何かを考える素振りを見せた。

私はその様子を見逃さないよう見ていたが、やはりこのような顔立ちの人物と会った記憶はない。

思い過ごしだろうと自分を納得させた。

「今は居りません。・・・どのようなご用件でしょうか」

「あの方と話し合いたいのです。

首都にて暫く共に過ごさせていただいたのですが・・・。

私は未熟で、恩あるあの人の事を分かろうとしなかった。

その不足を取り戻したいのです」

私が後悔を滲ませながら言うと、彼女は困った顔をしながら言った。

「あの人はきっと、不足なんて思っていないと思います。

暫く会っていないので・・・根拠はありませんけど」

私よりもハルカ様の事を知っているようだった。

「グラーク様のお住まいにいらっしゃる貴女は一体・・・」

そう聞くと、彼女は再び暫く考え込んだ後に言った。

「イチトセと申します。・・・只の居候です」

イチトセという聞き慣れない名前を名乗った彼女は、それだけしか教えなかった。

彼女は時々考えている様子があるので、何かを隠しているのだろう。

それはもしかしたら、ハルカ様へとつながるかも知れない。

「遠くから遙々と来ていただいて申し訳ないですが、どうぞお帰りになって下さい。

あの人はきっと貴方に再び会いに行くと思いますから」

「いえ。この村でハルカ様を待ちます。

私はそうしなければなりません。

また、明日も来ます」

私はそう強い決意の言葉を残し、再び来た道を戻った。

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