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第四十九話

駿馬が地を駆けて風を切ってゆく。

その背に乗り俺は全てのものに喝采を送りたいような気持ちだった。

陰鬱だった数か月の闇は完全に取り去られ、この捻くれた天の導きに感謝した。

今思えば、これまでの全ての事が神により仕組まれていたかのようだ。

どうして初めから素直に出会えなかったのかとも思えたし、今までがあったからこその二人であるとも思えた。

運命とはなんと人の手におえない物だろう。

グラーク殿は、女性であるのだ!

ならばリカルドの思いは、成就される。

もっと早くに知れていればと彼女を恨む気持ちが少し湧いたが、過去の自分を顧みてそう考えた事を猛省した。

言わなくさせたのは俺の方であった。

如何に彼女が秘密にしていようと、歩み寄り、信頼を得ようと努力していれば語ってくれたかもしれない。

それを怠り、厳しく、厳しくして距離を置いてきたのは俺だった。

全ての原因をグラーク殿であると考えた。それはリカルドを思う余りの盲目的な思考だった。

誰でも好きな者には甘く、突然現れたよそ者に冷たくなるのは同じだろう。

けれど今状況は全て変わったのだ。

リカルドがあれ程魅了される人物は今後現れないに違いない。

傍から見ていて分かるほどに、見事にリカルドは入れ込んだ。

予め決められたのかの如く。

だから、これは、運命と言っていいのだ。

屋敷に到着するなり馬から降り、俺は中へと駆けこんだ。

「グラハム様!」

俺の顔を知っていた使用人が、礼を欠いて現れたにも関わらず咎めることなく寄ってくる。

「リカルドは何処だ?」

「こちらです」

俺の登場で何か期待を抱いたのか、使用人は率先してリカルドの元へと案内した。

着いた先はよくある唯の木製の扉だったが、それはまるで岩のように固く閉ざされていた。

「案内ご苦労」

周りにいた主を心配する使用人たちを下がらせると、俺は一先ず普通に扉をノックしてみた。

「リカルド、俺だ。話したいことがある。開けてくれ」

普段であれば不機嫌そうな顔をしながらも開けに来てくれる筈だが、予想出来たとおりに中からの反応は良くなかった。

「…グラハムか。済まないが、今日は帰ってくれないか」

「いいや、今君に話さなければならない事だ。グラーク殿についてだ。

リカルドに聞きたい事もあるし、言いたいこともある。開けてくれ」

「ハルカ様の…。いや、今は何も聞きたくない」

「どうした。グラーク殿は何があってこの場に居ない。どうしてそう、落ち込んでいる」

しかしそれきり、中の反応は何もなくなってしまった。

リカルドは無言を貫き返事を返さない。

「おい、リカルド!」

かなり荒々しく暴力的に扉を叩いてみたが、状況は変わらなかった。

これではセラフィーナ嬢が俺に助けを求める訳だ。

こんなに頑なに心を閉ざすリカルドなど、見たことがなかった。

少し不安が生まれた。俺の想像よりも状況は危ういのかもしれない。

「…後で恨むなよ?」

そう断ってから、俺は勢いよく足を使って扉を蹴った。

壊れても仕方ない。

そんな気持ちで蹴りつづけ容赦なく破壊していると、流石に堪らず室内から開錠する音が聞こえた。

「入るぞ」

扉を開いて顔を合わせて、リカルドの気力の薄さに驚いた。

生気の無い青白い顔に隈があり、虚ろに落ちくぼんだ深い眼が見返してきた。

まるで何日も人に会っていないかのような変貌ぶりだ。

絶望を直視している者の顔つきだった。

服はだらしなくはだけ、部屋の中は整理されずに度数の高い酒瓶がいくつか転がっていた。

これはかなり危機的である。

グラーク殿の性別を彼に伝えようとして来たが、此処まで荒れたリカルドに果たして正しい選択なのか迷う気持ちが生じた。

「グラーク殿はどうした」

「…分からない」

「分からない?」

「ああ、そうだ!朝来てみれば、既に姿は無かった!」

リカルドは頭を掻き毟って叫ぶ。

「何故、私は此処に一人で居る?何故、私は取り残された?」

「思い当たる節は無いのか?」

「サモラぐらいだ。しかし、何故俺に何も言わない。

ああ、グラハム。頼む教えてくれ」

リカルドは今、極度に不安定であるとは明らかだった。

「何か情報は無いのか?

グラーク殿の悩み事や、消える前に何か異常はなかったのか?」

「異常はあった。何かに対して、怒っておられた。かつてないほどに。

それは俺が思いつく程度の理由ではないようだった。

けれど…ハルカ様は最後には大丈夫だと、いつものように言って下さった」

「他には」

「分からない。分からない。俺は、ハルカ様の事など何も知らない!」

そう叫ぶリカルドは神に見捨てられた狂信者の有様だった。

今まで憧れていた友人の姿はなく、そこにはみっともない人間が一人いた。

ふとある事実に気づく。

彼女は、完璧にリカルドの望む姿を叶えていたのだ。

俺はグラーク殿の努力を今になってようやく認めた。

だからこそリカルドは自分の心も知らぬままのめりこみ、従者として庇護者として関係が確立されていた。

けれどリカルドの本心は、歪んだ執着心として自分でも把握できぬままあるのではないだろうか。

「リカルド、君は今までグラーク殿の何を見てきたのだ」

「素晴らしい知識と魔術と、人柄だ」

「そんなものは誰でも知っているだろう」

「他に何を?微笑みの柔らかさを。真摯な態度を。それで十分だ」

「では此処に居ない理由は?グラーク殿を十分知っているというなら、思い当たる事もあるだろう」

リカルドは頭を横に振って力なく座り込んだ。

不自然なほどにリカルドはグラーク殿の事に踏み込まずにいたようだ。

「思い当たることは本当にないのか?」

「私は…私は…」

「何故そこまで何も知らない。君の主を」

「そうだ、しかし…」

自分の中で整理をするように幾度か呟いた後、深い後悔の溜息を吐いてリカルドは驚くべき発言をした。


「…縋っていたのだ!」


「縋る?」

「そうすれば、あの優しい方は私から離れないだろうと。

知っていて今までやってきた。知らぬふりを、知っていてやってきた。

みっともなく醜態をさらしても、私はあの方の傍に居たかった」

そこまで言って、リカルドは顔を泣きそうなほどに歪めて叫んだ。

「その結果がこれだ!今私はこうして一人で居る!

私は、私は…どこで間違えた?」

俺は、心底呆れた。

今まで憧れるばかりであったリカルドを、初めてどうしようもない阿呆だと見下した。

もしかしたら漸く今、リカルドと真に友人となったのかもしれない。

「この馬鹿」

そういい、考えすぎて思考に呑まれているリカルドの頭を平手で叩いた。

「何を…」

「どうして守るだけの未熟な者に、全てを託せる?

横に並び立たず、後ろから背中をみるばかりの男に自分の顔は見せまい」

黙ってリカルドは俺の話を聞いていた。

どうしてグラーク殿が姿を消したのか、おぼろげに分かってきた気がする。

「お前は主と呼びながらもその荷を負うことなく、それどころか自分の荷さえも負わせてきたのだ。

グラーク殿は優しいな。そんなお前を許していた」

「では…では…そんな私をとうとう見捨てたと?」

彼女はそうするだろうか。呆れ果てて、リカルドを見捨て何処かに姿を消してしまえる人物だろうか。

俺には見捨てた後のリカルドを想像出来ない人物には思えなかった。

此処まで彼を存分に甘やかしてきたのだから。

リカルドに離別を匂わせる事も無く、疑わせることも無く。

であるならば、きっと理由は別の所にある。

「…逆だ。お前を守るために離れたのだ。

きっと今、何かと戦っている。一人で。

未熟な子供を巻き込まないよう、置いて行ったのだ」

リカルドははっとして顔を引き締めた。

己の事ばかり考えて絶望していたリカルドは、グラーク殿の苦難に思い当たった途端にその普段はよく回る頭をようやくまともに働かせたらしい。

「では…ハルカ様は苦しみの中に、一人で居ると?」

一瞬で理解したリカルドは、自分が如何に愚かであったのか痛感したようだ。

呆然とした表情で、静かに呟いた。

「俺は縋って…あの方を孤独に陥れたのか」

リカルドはゆっくりと立ち上がった。

「子供はお前だ。今のリカルドは騎士ではない」

「ああ…」

俺の言葉に、深く噛みしめるように彼は呟いた。

「…その通りだグラハム。私は何も見ず、考えもしてこなかった。

まさしく子供だ。

傍にと望むあまりに、自分の役割を忘れた」

唇を血がにじむほど噛みしめ、自分の怒りに体を戦慄かせている。

「しかし…今も尚、守られていると。笑ってくれグラハム!

自ら縋っておきながら、見捨てられていないと安堵するよりも、あの方を一人戦わせている事の方がこんなにも胸を苦しめる!」

「ならば行け!地の果てまでも追って探し出せ!

お前の苦しみが永遠へと変わる前に!」

「ああ、そうするとも」

俺の言葉に、リカルドは呼応し奮い立つ。

「どうして忘れられていたのだろう。全てをかけてと、誓った事を」

リカルドは生まれ変わったかのように、気をみなぎらせて動き出した。

直ぐにでもグラーク殿を探しに行くのだろう。

当初の目的について言うべきか迷ったが、グラーク殿の性別を俺が此処で言うよりも、今は成り行きを天に任せた方が良い気がした。

グラーク殿との問題がある今よりも、もっと良い時期があるかも知れないし、リカルドがいつまでも気づかずいたら笑ってやればいい。

「グラハム、感謝する」

「なに、友人の窮地だ。感謝されるほどの事も無い」

リカルドはそんな俺に少し笑い、準備を手早く済ませてしまった。

そうしてグラーク殿を追って出て行った後で、全てが上手く行くことだけを祈った。

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― 新着の感想 ―
主人公が罠だと分かっているところに自ら飛込み過剰にダメージを受けてヒステリーになってから物語全体に感情移入できなくなってきた 女性主人公だからかなあ… 話の運びが感情的だわ・・・演劇みたいな感じ
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