表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/69

第四十五話

それぞれの場所で披露される魔術に感嘆の声が上がる中、それらを見る心の余裕もなく私たちは歩いていく。

一番注目されているウナイ・サモラ殿の講演へと行くためだ。

招待状の内容によるとわざわざ私の指定席まで用意してくれているらしいので、此処で相手は仕掛けてくるのだろう。

この時の為に準備は考えられる限り尽くしてきた。

魔術師としての未熟さを指摘されるかもしれない、あるいは軍人としての立場の低さか。

どちらも克服は出来ていないにしろ、誤魔化せるだけの下準備は進めてきた。

だから、大丈夫。何があっても、戦い、勝てる。

そう自分を信じ、言い聞かせて勇気を奮い立たせた。

隣に立つリカルドの為にも何としても勝たなくてはならない。

人ごみの向こうに、彼の人物が垣間見えた。白髪で髭を生やし、貫禄や威厳を感じさせる容貌である。

若い魔術師に囲まれ、これから起こる嵐などまるで意識させない自然な様子だった。

老年で身なりの良いこの人物が年若い私一人を潰すために裏でどんな形相で策を巡らせていたかと思うと、人の心の闇にぞっとする。

私とリカルドは一回視線を交わらせただけで、何も言わずに共に足を進めた。

「サモラ様、お呼びいただき、ありがとうございます」

彼は非常に友好的な笑顔を浮かべ、手を差し出し私に握手を求めてきた。

「初めましてグラーク殿。ずっと会ってみたかった」

想像をしていなかった対応に、気味の悪い思いをしながらも差し出された手を握る。

気持ちが全く通わないまま、厚みのある手を放した。

「私のような若輩者に?」

「謙遜がすぎるだろう、君は十分に評価を受けている」

「ありがとうございます」

「君の研究、見させてもらったよ。近距離に弱い魔術師でも使える実用性の高い物だ。

流石に良いものだと思ったものだ」

まるで敵対心も見せず普通の会話をされているが、一体どういうつもりだろう。

あからさまな対応をされた方がまだ此方としても出やすいのだが、何時まで茶番をするつもりなのか。

「基礎研究の大家にそういっていただけたなら、この日のために何日も頭をひねった苦労が報われます」

「大家と言われはするものの、中々理解されにくい分野だ。君はよく分かってくれているようだね」

贅沢三昧で仕事も真面目でない印象のある者が多い宮廷魔術師という職種の中、サモラ殿自身は別に仕事を疎かにしているような事はない。

ただ、それが研究という一点にのみ示され、非常に強力な戦力であると考えられていたにも関わらず自分の身に危険が伴うような場所には全く足を運ばない事が、多くの批判を集めている。

私を含めた在野の戦地に赴いた人間からすれば、当然の批判だった。

「前王はこういった一見地味だが、重要な所もよく理解されていた。しかし今は戦争という全く異なる状況。

新しい王が即位され、変わる環境の中多くの宮廷魔術師達が大変な苦労を重ねている」

口では「そうですね」と同意していたが、火事の中で昼寝をするぐらい呑気な人だと思った。

このような危機感の欠如した人間は、自分の部屋に敵兵が押し寄せるまで危険に気づかないだろう。

自分だけは。そんな特別意識はこのような事態であってはならない。

ましてや宮廷魔術師はそれを表に出してはならない立場であろう。

「だからこそ魔術会のような貴重な機会で、よく皆様に理解してもらわねばならないのだ」

「なるほど」

二人で表面上だけでもにこやかに済ませられた当たり障りの無い内容は、これまでだった。

たった一言で、全てが変わった。


「ところで…私はてっきり君は召喚術についての発表をするものだと思っていたよ」


「え?」

サモラ殿が日常の話をするかのように言った発言に、私は凍りついた。

召喚術と今言わなかったか。

何故、召喚術をいうのか。

私と召喚術を結びつける何かがあっただろうかと、猛烈な勢いで過去の記憶をさらい出す。

今まで隠していた明かされてはならない秘密に、銃口が突き付けられたかのような恐怖が襲う。

あの事が知られてしまったら。この国の者ではないと知られ、非難されるぐらいでは済まされない。

人としてすら、扱ってもらえなくなるのではないかと。

村を出てから、絶えず付きまとっていた恐怖だ。

額を冷や汗が伝い落ちるのを感じながら、乾く口でサモラ殿に聞いた。

「なぜ、その様に思われたのですか」

声が震えなかったのは奇跡だと言っていい。

「知らないふりをするのはやめたまえ。君の師はとても有名だ。

ハルベルにもその為に行ったのだろう?」

その答えは私が予想していたものでは無かった。

師?師が一体なんだというのだ。私ではなく師が、有名だと?

召喚術と師が、皆に知られている?あの寂れた小屋で死んだ老人を。

悲嘆を顔に張り付けた、最後まで良心と後悔に縛られた、ただの魔術師を。

首都で名前を聞くことさえなく、完全に私の胸の中でのみ存在していた師の事は私にとって全く無防備だった。

この勝負、明らかに私の旗色の方が悪い。

「一体なんの話ですか」

顔色を変え、睨み付ける私を見てサモラ殿は虫のように気色の悪い笑みを浮かべた。

勝負など私の意識にはもはやなく、踊らされるのを知りながら聞かずにはいられない。

「アーノルド・グスマンと言えば、分かるだろう。君の師の前の名前だ」

聞き耳を立てていた会場の人々が一斉に騒がしくなる。

周りからは「あの」だの「例の」だのと言い合う声が聞こえたが、私には分からない。

先ほど感じていた恐怖とは別の感情が沸き起こる。

私ではない。師に対するもので、これほどまでに皆が注目する理由とは。

アロルド・グラークと名乗ったあの人は、ずっと私に名前を偽っていた?

長い時間を共に過ごし、最後を看取りさえしたこの私に!

わからない。分からない!

「だから、一体何を言っているのですか!」

焦れて叫んだ私に、サモラ殿は意外とばかりに目を大きく開いた。

様子から本当に知らないのだと知り、失望の溜息と共に彼は告げる。

「まさか、知らないのか?

赤眼のカナウカレドを召喚し、首都を追われた罪人こそ自分の師だと」

ハルベルの地元の人が私に語った過去の惨劇が脳裏に浮かぶ。


燃える家々。

跡形も無い村。

数えきれない死者の、山。

ああ。だから。


それから、どうやってかえったか、おぼえていない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
子供過ぎない・・・?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ