第四十三話
開封された手紙を前に、私の部屋で私とリカルドは腕組みをして考え込んでいた。
美しく繊細な字で書かれた内容は、先ほどから私たちの気分を非常に重苦しくさせている。
宛先はローライツ国魔術師協会である。今年行われる魔術会にて特別参加を依頼する内容だ。
そして魔術師協会の上層部は宮廷魔術師が殆どである事を考えれば、罠であるとしか思えない。
行くべきか、行かざるべきかの二択で大いに迷っていた。
「今年は避けるべきではないでしょうか。
相手の出方が分からない現状で、無闇に誘いに乗らない方が良いのでは」
リカルドの言うことは最もであるが、私は素直に頷く事が出来ない。
「・・・私は、出てみようかと考えています」
危険を承知での決意だ。拳を強く握りしめる。
「魔術会は考えようによっては良い機会だと思うのです。
この招待の表向きだけを読めば、私は評価されているのだと分かります。
もしかしたら、評価せざるを得なくなってきているのかもしれない。
ならば実際に赴き、私が一定の能力を示せば誰も口を挟めない状況が作れるのではないでしょうか」
リカルドに伝えたところ、それでも心配が尽きないのか険しい表情を作る。
「行った先で、もし失敗すれば・・・ハルカ様は今後、あらゆる場所で呼ばれることがなくなるかもしれません。
大きな会だからこそ、そこでの影響は計り知れません。それでも、でしょうか」
憂いを帯びた瞳に一瞬心を奪われ見入ってしまった。
状況も弁えず浮かんだ熱を直ぐに冷ますと、思考を戻す。
楽観視はしていない。これは危険な賭なのだ。全てを得るか、失うか。
「ええ。行こうと思います」
私はいい加減進展の無い状況に飽きてきている。
この辺りで大きな挑戦をしなければ、ずっとこのままかもしれないという不安が胸を焦がしていた。
だからこそ、この機会をなんとしても乗り越えなければならない。
「相手がどうでるか、予測出来ません。全てを慎重に行動して下さい」
「はい。勿論です」
私には勝算がある。あちらの世界の知識を、私の知恵のように振る舞い言ってしまえばいいのだ。
それは責任がとれないほどの悪影響を与えるかもしれない。
それは見るに耐えないほど滑稽であるかもしれない。
しかし、受け入れられさえすれば大きな衝撃をこの世界に与えるだろう。
そう考える一方で冷静な声が私を止める。
積み上げもせず、結果だけを知っていても、大きな過ちを作るだけではないか。
どうなるか予測も出来ないまま知識をひけらかし、手の放れたそれらを後々悔やむ事になりはしないか。
二つの考えのどちらも正しく、私は決断が出来ないでいる。
「比翼機の改良も進んでいますし・・・他にも手土産になりそうなものを幾つか考えておかなければならないですね」
「私に魔術の知識があれば良かったのですが・・・」
力不足を嘆くリカルドを私は笑って励ました。
「今でも十分助けになっていますよ。
何か必要な材料が出たらお願いするので、そのときは頼みます」
「分かりました。・・・確か過去の魔術会抄録があると思うので、持って参ります」
そう言うとリカルドが書斎から厚みのある本を持ってきてくれた。
魔術師以外には無用の本なので、私のために予め収集してくれていたものだろう。
「ありがとうございます」
手に取りざっと簡単に流し読む。過去に注目された内容を頭に入れた。
私は椅子に深く腰掛け、体重を背もたれに預けた。
考えよう。これからのことを。私は一番今国内で受けが良いものに検討をつけ、苦い顔をした。
「暫く部屋に籠もります。
アルフレドには部屋の外で引き続き待機していただくようにお伝えください。
私が呼ぶまで、決して、誰も中には入れないで下さい」
言った内容にリカルドは問う視線を投げかけて来たが、私が言わない姿勢であるのを見て、口には出さなかった。
「では、何かありましたら直ぐにお呼び下さい」
一礼してリカルドが退室したのを見てから、私は立ち上がり白紙と魔術書を机の上に置いた。
これからあちらの世界の知識を一つずつ思い出し、書きだして整理するのだ。
本来ならリカルドにも相談しながら進めたいが、何故知っているのかと問われても答えられない。
使えそうな知識がないか、一人で考えなければならなかった。
それから・・・それと同時に、魔術を使った対人用の攻撃も考えなくては。
魔術会で教えれば上層部の人は喜ぶだろう。前回で注目されたのは新しい拷問方法だった。
こんな国内の状況では、魔術会の内容も軍事色に染まっている。
個人的には真面目になんて考えたくないが、戦争している国に公に認可されている団体はどこもそんなものである。
沈みそうなほど重い溜息を吐きながら考えを巡らせる。
鉄製の鞭に電気でも通せばどうか。動きを止めさせ拘束もしやすくなる。
非力な魔術師に広まるのならば護身の術としても使えるかもしれない。
簡単にそんな案が浮かんだ自分に少々嫌気がしつつも、手は具体化させる為の方法を書き出し始めている。
一文字書く毎にまた一歩戻れない茨の道を進んでいる気がした。
密室に不吉な筆音だけが血生臭く響き、静けさが思考を更に沈める。
師と共に過ごしていた村の穏やかささえ遠く、更に遡った平和すぎる濁った空の下の出来事など夢だったのではとさえ思う。
自分で考え抜いて決めた道だ。悲しい訳がない。
けれど理由もなく目頭が熱くなり、こぼれそうになった涙を慌てて拭った。
両手で自分の頬を叩き、気合いを入れ直す。
十全の準備を行い、万全の状態で行かなくては。
公に英雄と認められるまで、あと少しの所まで来ているのだから。
晴れがましい姿はリカルドにきっと誇ってもらえるだろう。
何の為にこの世界にやって来たのか、私は問い続けてきた。
その答えも、英雄と認められた先にあるに違いない。
しかし・・・こうして前を向こうとした決意を押さえるように、セラフィさんの言葉が蘇った。
『私の大切な友人がありのままで居られないなら、この国に価値などありません』
なんて目映い言葉だろう。真っ直ぐで芯の通った優しさに溢れている。
けれどセラフィさん。今更、引き返せないのです。
この国全ての人の期待を裏切るよりも、たった一人を失望させたくないゆえに。