第二十七話
馬車に揺られる中で私は緊張を隠せず、窓の外やリカルドの顔を無意味に何度も見たりした。
自分が今身に纏っているのはいつもの暗いローブではなく、華やかしい魔術師の正装だ。
詰め襟に丈の長い上着という体を隠す事を主体とした服に、独特の紋様が描かれている。繊細な刺繍は全体に及んでいる為、他者の目を引くだろう。
一方リカルドは騎士用の正装である。騎士にのみ許されている剣をモチーフとした階級章が暗闇でも輝いて見えた。
軍人としての私の正装もあるのだが、それでは軍の所属が余りに明らかである事と魔術師としての私を強調したいという思惑からあえて魔術師らしい服を選んだのである。
向かう先は公爵であるエイガーベル家が主催する夜会会場。
三男の誕生会が主な内容であるが、帰還してきたエイガーベル家の関係者の無事を祝う意味も込められている会だ。
それ故にエイガーベル家に親しい人と、同時に軍事関係者が多く集う筈である。
戦死者の遺族に配慮して後者の理由は表に出してはいないものの暗黙の了解であった。
手始めとしてリカルドが用意してくれた、恐らく最適の場だろう。公爵の知人に顔を売り込む事も出来る上、私の顔を知っている軍人も出席しているに違いない。
しかし窓の外で過ぎていく石畳の道はその会場へと向かってはいない。
その前にまず、今宵の相手を迎えに行かなければ。
「あ、相手の方は本当に私で良いと言ってくださっているのですよね?」
不安になり思わず土壇場にも関わらず確認せずにはいられない私を、安心させるようにリカルドは頷いて肯定した。
「ええ。間違いなく。セラフィーナ嬢は曲がった事が嫌いな性格の方ですから、一度了承した事は必ず行ってくれるでしょう」
ソールズパラ侯爵家の紅一点。4人の兄を持つ末の娘は幼いながらも既に社交界でも評判の美しさらしい。
家族構成から考えて、溺愛されているに違いない。
そんな方が自分のような何処から来たかも分からない怪しい人間の相手を務めてくれるとは、奇跡に近いだろう。
馬車は速度を落とし、大きな家の門をその家の家人に導かれながらゆっくりと進む。
「着きましたね。ああ、外でお待ちになってくださったようです」
私はリカルドの視線の先を辿り、大きな扉の前に佇む二人の女性に行き着いた。
落ち着いた雰囲気で銀に近いほど色の薄い髪を持つ女性はリカルドの相手役を務めて下さる予定のハンナ・ハイアレイ伯爵令嬢だろう。
その隣に佇む少女に私は目を奪われた。艶やかな金髪は今夜の為に飾られ少女の華奢な首筋を際だたせ、意志の強さを伺わせる目は水晶のように輝いている。
温かみを感じさせる極めて薄い肌色で彩られた肌の上に、完璧な形の瑞々しい唇が不敵に笑っていた。
その姿形に欠点などは露ほども見あたらず、単純に美しいという言葉が自然と頭に浮かんだ。
この方がセラフィーナ嬢。聞きしに勝る華である。
後数年もすれば、いや、今の時点でさえ浮かべる笑み一つで哀れな男を虜にしてしまうに違いない。
馬車を降りた私は二人に近寄り挨拶した。
「初めましてソールズパラ様、ハイアレイ様。遥・グラークと申します。
今夜は宜しくお願いします」
「初めましてハルカさん。今夜のお相手をして下さるのに、様とつけられるのは堅苦しいですわ。
セラフィとお呼びになって」
「ハルカさん初めまして。では、私もハンナとお呼び下さい」
意志の強いセラフィーナ嬢の目と、ハンナ嬢の淡い微笑みに勝てる者などいない。
逆らうこともせず、私は早々に白旗を上げることにした。
「分かりました。ではセラフィさん、ハンナさんとお呼びさせていただきます」
「ええ」
セラフィさんは満足そうに頷いた。リカルドも二人と言葉を交わし、相手をして下さることへのお礼を述べる。
何度も会っている親しい仲なのだろう。リカルドの会話から慣れた雰囲気を感じた。
これからはハンナさんとリカルドは別の馬車に乗り込み、二台で会場へと向かう事になった。
私とセラフィさんを乗せた馬車が走り出すと、狭い馬車内で密着して座るセラフィさんが嬉しそうに私に話しかけてきた。
「ずっとお会いしたかったですわ。私の三番目の兄もハルカさんと同じ場所で戦っていましたの」
「そうでしたか」
「ええ。お相手の話、提案こそリカルドさんからでしたけれど私から願ったようなものですわ」
初めて聞く話である。しかし、これで彼女が私の相手役を引き受けてくれた理由も分かった。
「女であるが故に兄と共に国のために戦う事も許されず、祈るばかりの日々でしたわ。男であれば、剣をもって戦えたでしょうに」
この美しさを持ちながら、彼女は雄々しい心を持っているのだ。
悔しさの滲む顔を見て本当に彼女が男で生まれてきたのなら、軍人として成功したに違いないと確信した。
「セラフィさんが男で生まれてきていたなら、きっと私はセラフィさんの部下になりたいと思ったでしょう。優秀な軍人だったでしょうから」
セラフィさんはその大きな目をさらに大きくして驚いた。
「まあ。ハルカさんはそのように言って下さるのね。
ですから・・・今回の事、本当に嬉しい。戦場に行けぬ私にも戦える場所が与えられたのですから」
獅子のようにセラフィさんは笑う。きっと彼女は私が名乗り出る事の影響を正しく理解しているのだろう。
私が名乗り出る事の利益も、貶められる事の不利益も。
「私を、そのように素直に信じてしまって良いのですか?」
「ブラムディ卿を信じる私を信じておりますもの。
ハルカ様も今日お会いして信用に値する方とお見受けいたしました。
人を見る目には自信がありますわ。
それに・・・私が騙られたくらいで揺らぐ歴史を我が家は持ち合わせておりません」
そう言い切るのは、きっと私の不安を全て見通しているからだろう。
私よりずっと年下であるはずなのにこの強さと言ったら見事という他ない。
ああ、どうしてこうも、美しい。私は短時間の間にすっかり彼女の信奉者の一人になってしまった。
「セラフィーナ様。今宵貴女が共に居て下さる事に感謝致します」
私は大輪の花を手に入れた。そしてその花は、花弁の下に剣を持っているのだ。