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第二十六話

私達がリカルドに追いついた時、彼は課せられた仕事を全てこなし終えていた。

先ほどまで上空にいたと思われる魔術師は黒服の目元以外を隠した格好で、他の進入者と大した違いは無い。

背中の比翼機は既にリカルドによって遠くに投げられ、背中から綺麗に身動き出来ぬよう押さえつけられていた。

舌を噛まないようにされた猿ぐつわからは、くぐもった呻き声が漏れている。

右足が途中から奇妙な方向に曲がっていたので骨折しているのが傍目でも分かった。

魔術師を冷え冷えとした目でリカルドが見下ろす。

「いかがいたしましょう」

リカルドとアルフレドは私に決断を求めた。

従者と、従者に雇われた者が主人の判断を仰ぐのは当然である。

しかしそれは少々気が重い事だった。生かすか、殺すか。絶対者として、命運が私によって容易く変えられる。

「顔立ちも、髪の色も、よく我が国の国民に似ておりますが・・・比翼機はヘリオット製の物です」

何処からやってきた者達なのか、私が迷う間にもリカルドは冷静に彼を観察した。

ヘリオットの者だろうか、それともヘリオットに見せかけた別の者かも知れない。

魔術師は飛びかかろうとする獣のように鋭い眼で私だけを睨みつけている。

「口を外して下さい」

「・・・危険では?」

敵意に溢れた彼の一部を解放する事にアルフレドが躊躇した。

猿ぐつわを外し、舌を自分で噛みきるならそれも構わない。

術を唱えようとするなら、この距離であれば防げるだろう。

確かに若干の危険があるのは分かっている。しかしそれよりも何を私に言ってくるかが聞きたかった。

「外して下さい」

再度言うと、アルフレドが魔術師の固く結ばれた猿ぐつわを解いた。

自由になったにも関わらず地面に縫い止められている男は何も言おうとしない。

「何処の者だ」

背中から問いかけるリカルドの質問に答えようとせず、私を睨み続けている。

「何処から来た」

矢張り何も言おうとしない。変わらない状況に、アルフレドが提案した。

「吐かせましょうか。幾つかその類の術を知っています」

小振りの刃物を懐から出し、脅すように手で遊ばせる。魔術師の顔色が若干悪くなった。

「いいえ、その必要はありません」

私ははっきりとそれを断った。人を殺さなければならない事はもう自分の中で納得しているが、人を汚す事はその覚悟の外である。

命こそが最上と思うものからすれば、殺しておいて一体何を言うのかと蔑むだろう。

けれど私は人を踏みにじる事の方が、殺すことよりも余程人から外れた行為だと思えるのだ。

自分の意志でそれを行うのは、はばかられる。

しかし生かしておいたところで、失敗した彼が長生き出来るとは考えにくいが。

「・・・情けをかけたつもりか」

ようやく魔術師が口を開いた。聞いただけで肌が切れそうなほど憎しみを込めたおどろおどろしい低い声だった。

「貴方がそう思うのなら、そうなのかも知れませんね」

私が単にそういった行為が嫌いなだけなのだが、わざわざ弁明するのも無駄である。

私の適当な受け答えがお気に召さなかったらしい。魔術師は噛みつくように叫んだ。

「ふざけるな!今更取り繕ったところで、貴様の手は血に染まっている。

我らが同胞の赤き血で!!」

矢張り彼らはヘリオットの者だったか。今の一声で何者かがはっきりした。

「馬鹿にするなよ悪魔!誰も、彼も、皆殺したくせに、情けだと?」

彼の脳裏に浮かんだのは、誰彼一人一人の面影だったのだろうか。

言葉で以て私を傷つけようとするかの如く、呪う言葉を吐きかける。

「殺してやる殺してやる殺してやるっ!

体を千に刻み、その眼球抉りだす!

人に生まれようなどと思えなくして殺してやる!」

唾を散らし目を血走らせ激昂する男を、異様なほど冷静に私は受け止めた。

悪夢の中で何度も罵られる自分を目にしてきた。それが只現実になっただけの事。

それよりも、彼の処遇がこれにより私の中で決まってしまった。

「リカルド。・・・殺して下さい」

「了解致しました」

私の命に従い、リカルドが素早く両腕を魔術師の後頭部と顎に添える。

そのまま力を込めて首を捻ると、鈍い音がして二度と魔術師は口を開かなくなった。

あのまま貝の様に黙っていればいいものを、余計な事を口走るから私は殺すほか無くなってしまった。

捕虜として国に引き渡された方が、まだ生き残れる可能性はあっただろうに。

国民のとしての義務で或いは雇われたという以外に、私を殺す意志があるのなら私は容赦しない。

恨み憎しみを抱いている人間は何度も私の命を狙うだろうから。

殺される訳にはいかない。私は生きなければならない。

強い意志で顔を上げ前を見ると、魔術師の死を確かめていたリカルドに尋ねた。

「そろそろ動くべき時でしょうか」

このまま現状維持しても、おそらく第二第三の刺客が送り込まれるだけだろう。ならば、こちらから打って出る。

「はい。支度は済んでおります」

「ではその様に」

私は獅子の皮を被れるだろうか。これから先の予想は全く出来ない。

険しい道になる事だけが確かだった。

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