第二十四話
人が寝静まり、月と獣しか起きていない時間帯の事である。
誰かの声が聞こえた気がして私は眼を薄く開いた。
部屋の中は濃い闇の色しか見えず、窓の外もまだ暗く朝は遠いように思えたので、使用人達の目覚めた声ではないようだ。
寝ぼけた頭のままうめき声などを漏らした気がしたが、定かではない。
しかし次の声で、私は布団を蹴り上げ転がるようにベッドを飛び出した。
「不審者数名発見!起きて下さい!!」
手元もおぼつかない暗さであったが、明かりを点けるのはこちらの居場所を教えるようなものだだろうと躊躇われた。
枕元にいつも置いていた小振りの剣を手探りで持ち、窓に向かって構える。
外からは剣戟の懐かしい音が聞こえ、他にいくつかの指示するような声も混じって届く。
この部屋の外壁は窓枠に道具でもかければ登れる構造になっていた。
扉の方はリカルドが守るだろうと想定し、いち早く来そうな窓に警戒を向けた。
そこまで考えてから魔術を自分に唱える。練り上げられた魔力が筋繊維の段階まで影響し、細いこの体の力以上のものを引き出す筈である。
先ほどの声はアルフレドに違いない。庭の方からだった。
ならば此処までたどり着くまでの時間は後少し。
小さな音が聞こえたので窓の外を矢を警戒しつつ覗くと、二人が鉤のついた縄のような道具で登ってきていた。
部屋の場所まで調査済みか!
こちらの居場所が知られているのなら、隠れるよりも打って出てしまった方が得策だろう。
部屋にあった重そうな置物を、窓を開け放ち侵入者の一人に落としてやった。
蛙に似た声と大きな落下音が聞こえたので、こっちはもう相手にしなくていいと思われる。
もう一人の縄を切ってしまおうと考えたのだが、金属でも編み込んであるのかなかなか魔術で焼ききれない。
手間取る内にとうとうこの部屋までたどり着かれてしまった。
片手で窓枠をつかみ、もう一方の手で短剣を私を突き刺そうと繰り出してきた。
半歩下がってそれをかわしたが相手は部屋に完全に乗り込んだ状態になってしまう。
暗がりに浮かび上がったのは、頭まで全身を黒い装束で覆い隠した暗殺者の姿だった。
互いに殺意の漲った視線を交わし合う。高ぶった興奮が私の脳内に唯一つの命令を下した。
殺される前に、殺せと。
構え直し持ち上げた剣は強化された腕力により木刀よりも数段軽く感じた。
それを本来の重量と共に渾身の力で相手に向かって切りかかる。
相手は小柄な私の攻撃に片手でそれを相手取ろうとしたが、予想以上の力に表情を変え直ぐさま両手で持ち手を握った。
今の一撃で致命打を与えたかったのだけれども、仕方がない。
戦いが長引けば近接戦に慣れていない私の負けは確定している。
相手がこちらの出方を伺っている内に、奇抜な方法で勝ちを得るしか選択肢はないのだ。
下ろした私の剣と受け止めた相手の剣が鍔迫り合い、力比べの状態となってしまった。
無理矢理体を動かしている私と相手では、私の方が勝っているらしい。
けれども相手の必死の抵抗により均衡が保たれ、震える腕越しに睨み合った。
相手にこの状態から何か小手先の技でも出されたら堪らない。
何か相手から起こされる前に私から行動を起こそうと、魔術を小声で唱える。
近距離で何か放たれる事を警戒して相手は大きく後ろに後退し、均衡した状態を解除すると、剣を再びこちらに向かって突き刺すべく鋭く向けた。
しかしそれこそ私の狙い通りである。その頃合いを見計らって唱えていた術を発動させた。
相手が息だけで驚きの声を上げたのが間近で聞こえる。
私を貫こうと襲いかかった凶刃が、突如としてその刃先の方角を変えたのだ。
まるで壁に重力がかかったかのように剣が壁に引き寄せられているのである。
同時に相手の体自体もその服の下が、所々壁に向かっておかしな膨らみを作り上げた。
仕掛けは簡単で電気磁石の仕掛けを壁際に置かれた動物を象った置物に組み込んでおいたのである。
私は自由の効かない自分の剣を手放した。剣は置物に向かって滑るように引き寄せられる。
そしてその一瞬、僅かな間戸惑った相手の腹を容赦ない力で蹴り上げた。
魔術によって瞬間的に上げた力で腹の膜を破る感触が足から伝わる。
「ぐぁっ!!」
呻き崩れるように床に倒れ込む。もう十分だろうか、いや、まだ足りない。
私は彼の背中を踏みつけ固い背骨をへし折った。
続けて上がる悲鳴を聞き、微動だに出来なくなった様を見てようやく私は相手から視線を逸らす。
窓を再び見ると新たな来客が来ていたので、今は伏している暗殺者の剣を奪い投げつけた。
運良く新たな一人は入ってこようとしていた最中だったので、よけきれずに胸板でそれを受け止めることとなった。
黒い影がその勢いのまま背中から外へと向かって落下していく。
後続が窓からやって来ない事を確認し、息を整えるだけの時間を得ることが出来た。
一見私が有利に見えるかもしれないが、体の強化など一時間も連続して行えば再び療養生活に戻ってしまうに違いない。
何より他にも気がかりな事がある。
仮にも魔術師の殺害をもくろむのならば、数を揃えるか同じ魔術師をつれてくるのが常道だろう。一体そのどちらか。
荒々しい足音と共に、リカルドがドアを勢いよく開き部屋に駆け込んできた。
寝間着では無く普段着で剣を持つところを見ると、今夜のような日を想定して備えていたのかもしれない。
紅潮した頬に飛び散る血が、この部屋に来る前に戦っていた事を示していた。
「ご無事ですか!?」
「私は大丈夫です。貴方は?」
「問題ありません」
リカルドはどうやら怪我をした様子も無く、本人の言うとおり心配しなくても良さそうだった。
無事な姿に安心した時、窓からの明るい光が部屋の中をちらつかせた。
彼方の方角はアルフレドの声が聞こえた方向と一致している。
私は窓に駆け寄ると、暗殺者が使っていた道具を伝って勢いよく下に降りた。
「お待ち下さい!」
窓から身を乗り出したリカルドの声が上から聞こえたが、応えずに走り出した。
アルフレドが、一人魔術師と戦っている。