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第二話

頭が重い。徹夜後の睡眠のような鈍い重さだ。

どうやら私は横に寝かされているらしい。

被せられた布団の重さと、快適な背中の弾力から戦場ではないと判断する。

目映い光に眩みながら目を開けば、私は狭い一室で簡素なベッドの上に寝かせられていた。

ここは何処だろう。少なくとも、敵の捕虜ではない待遇だ。

ベッドからは窓が遠くて外が覗けない。

体を起こそうと腹に力を込めたが、鉛の体は頑として動かなかった。

ならば体を横にして寝返りを打つようにベッドから抜け出そうと考えた。

しかし、腕も持ち上がらない事に気づき諦めざるを得なかった。

この状態は魔力を過剰消費した影響だろうか。

身動きもとれないので、大人しくその状態でじっと誰かの訪れを待っていると、半刻過ぎてから妙齢の女性が扉を開いてやってきた。

掠れた声で私の現在の状態を聞く。答えは直ぐに返ってきた。

動きやすい作業服に身を包んだ彼女は、私の元いたところの看護婦のような仕事についていると言う。

もっとも、看護婦よりもずっと専門的知識について遅れてはいるが。

今の場所は国境のヘダリオン樹海よりも少しローライツ側に入り込んだ位置にある中規模都市マディアの病院であるらしい。

野戦病院よりも二・三段は上級の軍病院である。

私のような身寄りもコネも無い、只の魔術師が入れる場所ではなかった。

誰の計らいだ。

聞いてみたものの、私の体がまだ眠りを必要なのを見越してさっさと寝かしつけられてしまった。

悔しいが、彼女の言うとおり瞼を閉じれば直ぐに眠気に意識は浚われた。




次に起きた時には医者の男性が私の状態について説明をしてくれた。

魔力の放出を支える全身の魔力孔が、焼き切れているらしい。

体のエネルギーが上手く回らず、今は全身が脱力状態に陥っているという。

魔力を扱えるまでには時間がかかるだろうし、もしかしたら元には戻らない可能性もある。

しかも、体自体も一部力が入らなくなったり免疫力の低下等の後遺症が出る可能性も否定できない。

回復の時間と程度は個人差があるため明言出来ないと言われてしまった。

曖昧ではあったが、下手に断言されるより信頼出来る診断だった。

魔力が制限されてしまい魔術師として不安があるが、命を落とす所だった事を考えると助かっただけマシである。

軍に籍を置いている者は優先して病院に居られるので、ベッドから追い出される事は考えなくて良いそうだ。

戦場で負った病は治療費も国持ちである。

そこまで聞いて私の未来が、路上に投げ出されるような最悪の状態ではないと安堵した。

生活はとりあえず成り立っていけそうだ。

心に少しの落ち着きを取り戻す。

戦況についても聞きたかったのだが、医者は慌ただしく出て行ってしまった。

見たわけではないが恐らく外には傷病兵が溢れているのだろうし、医者を非難する気はおきなかった。

では次に来た看護婦にでも聞こうかと考えていたが、体は起きているのも辛いと直ぐに眠りに誘われる。

無理に起きて弱っている体を痛めつけるのも本意ではない。

仕方なくその誘いを受け入れた。




寝たきりの生活は暫く続いた。

段々と長く起きていられるようには変わったものの、折角起きても体は動かせず暇なだけである。

戦場での喧騒が嘘のような穏やかさだった。

実は未だに私の体は戦場にあって、死までの僅かな時の間に見せる幻に居るのかも知れない。

夢のような現実の代わりに、眠れば過去の夢を見た。

隣の戦友が次には頭を無くして倒れている。

少年の形を取る私を馬鹿にすることもなく、接してくれた優しい人だった。

場面は定まらず、気紛れに変わる。

次には私の放った赤い凶弾が、獣を狩るように人を屠った。

水風船のように弾けて小さな人影は動かなくなった。

最後はいつも決まってあの情景。

爆風と轟音と衝撃と、死者ばかりのあの・・・。

扉を叩く音で目が覚めた。

冷や汗を流しながら、自分が病院にいる事に気づく。

気づかないうちに昼の日差しでうたた寝していたらしい。

頭だけ動かして視線を向けると、看護婦が「起きていたのですね」と声をかけてきた。

「面会の方がいらっしゃっています」

会うか会わないか選択を求められた。

名前を聞いたが、聞き覚えはない。

こんな場所で私に見舞ってくれる人が居ただろうかと、思い起こしたが該当するような人物は見あたらない。

そもそも私は人付き合いのある人間ではない。

追い返すわけにもいかず、誰か分からないまま許可をだした。

「失礼します!」

張りのある声で入室して来たのは若い軍服の男だった。

濃い茶色の髪の、愛嬌のある顔をした青年である。

緊張した顔で軍人らしい機敏さを見せながら、鮮やかな敬礼した。

「青鷺師団グルッツ連隊第二歩兵部隊のバスカ・マルグです!

面会を受け入れて下さり、身に余る光栄であります!」

「ご丁寧にありがとうございます。

黒鷹師団ガルキーム連隊魔術兵部隊の遥・グラークです。

返礼をしたいのですが、体が動かず申し訳ございません」

型どおりに返すと、マルグ殿は顔を青ざめさせる勢いで恐縮した。

魔術師として特殊な職業にあるため、一般兵より階級は上の位をいただいている。

しかし上官であるにしても、そこまでの大きな差でもない。

何故これほど恭しくされるのか不思議に思いながら彼を見た。

「とんでもございません、どうか楽になさって下さい」

「それではお言葉に甘えさせていただきます。

それで・・・マルグ殿はどのようなご用件でしょうか?」

「はっ!」

彼は背を改めて反らすと、帽子を取って最敬礼で私に頭を下げた。

何事かと思う間もなく彼の言葉が耳に届く。

「グラーク様には先の戦場にて、命を拾っていただきました。

命の恩人がこの病院にて治療を受けていると聞き、居ても立ってもいられず面会に赴いた次第であります。」

そこで頭を下げたまま、深く息を吸いなおした。

「今の私がこうして生きているのは、偏にグラーク様のおかげであります。

どうかお礼を述べさせて頂きたく思います。

・・・ありがとうございました」

純粋な言葉が胸に響いた。

私は、この人の命を助けられたのか。

良かった。本当に良かった。

戦場での私の行いは破壊だけでは無かったことに、気づかせて頂いた。

地獄のようなあの場所で、存在するのはそれだけでは無かったと。

「私こそ、ありがとうございます。

どうか顔を上げて下さい。

貴方がそうして生きていてくれた事が、私にはとても嬉しい」

顔を綻ばせてそう彼に言った。

しかし再び頭を上げて見せたマルグ殿の目は、涙に塗れていた。

「グラーク様はこうして体も動かせずにあるというのに、命を救われた私は五体満足で立っている。

申し訳なさに、身を切るような痛みを感じるのです」

ああ!貴方のような方を助けられた事こそ、光栄です。

「いいえ。・・・いいえマルグ殿。

これは私が覚悟していた事なのです。

可能性を知っていて実行した行いです。

貴方が気に病む事ではありません」

彼はその言葉を聞くと涙で塗れた頬を袖で拭き、強い光を目に宿した。

「他でもないグラーク様が仰るなら、私如きが口に出すことではございません。

けれども覚えていて下さい。私は生涯この恩を忘れは致しません。

グラーク様の手が足りぬ時、私をお呼び下されば何処へなりと馳せ参じましょう」

重々しい宣言である。

私は彼の言葉を聞きながらも心に全てを受け入れる事はせず、一線を引いた気持ちで頷いた。

「分かりました。

けれども今の言葉に囚われる必要も無いことも伝えておきましょう。

今鼓動を打っているのは、私ではなく貴方自身でしかないのですから」

彼はゆっくりと瞬きし、噛みしめるように頷いた。

「はい」

それから彼に幾らか戦況について教えてもらった。

地下通路作戦での失敗で今はローライツ国側が優位な状態にあるらしい。

上層部はこの好機を逃さず停戦に持ち込むとの噂が流れていた。

悪くともしばらく膠着状態が続くだろうとの事だった。

そんな話をしていると、看護婦が定期的な検査をする為に部屋に入って来る。

丁度話も区切りで、あまり長居しても体に良くないだろうと謙虚な姿勢で殿は一礼する。

「どうか、お元気で」

「貴方も」

私はその背中を温かい気持ちで最後まで見送った。


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