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第十一話*

王城の一角にある長い廊下を、颯爽と歩く同輩の姿を見かけた。

肩で風を切る様は忙しないと全身で主張している。

けれども最近常にその状態である事を知っているので、俺は敢えて声をかけた。

「やあ、リカルド」

「・・・グラハムか」

歩む速度を落としたリカルドの隣に並んで俺も歩く。

少し疲れた声で尋ねられた。

「何用だ」

「君の変化が少し気になってね。

回りくどい事は嫌いだ。何があったんだ?」

戦地から帰って来てもう随分経った。

俺は首都の警護だったが、彼の行った前線では相当な激戦を強いられたようだ。

帰れなかった人も多い。相当過酷な状況だったの筈だ。

だからだろうか、今までのリカルドとは違った行動が度々見受けられるようになった。

仕事以外でも積極的に人と会うようになり、その目立つ容姿を上手く利用した人付き合いをするようになった。

知る人は少ないが、人嫌いだと俺は知っている。

そして人嫌いな彼にとってその変化は劇的である。

社交性を身につけたと一言で言ってしまえるが、俺はもっとその行動に意味があるように感じてならなかった。

野心のような強い感情を。

「何を聞いてくるかと思えばそんな事か。

誰でも自分を正すという機会はあるだろうに」

「ほら、それだ」

俺はリカルドのその言葉の揚げ足をとって突きつけた。

「昔の君なら『お前に言って何の得がある』って一蹴していただろう」

「だから何だ」

「その理由が知りたい」

舌打ちをするような苦々しい表情と共に睨みつけられる。

今の顔ですら、昔は見たことが無かったと本人は気づいているのだろうか。

最初にリカルドを見たのは、自分達が騎士を目指し従騎士として働いていた時の事である。

凛とした立ち姿に引き締まった目元。全体的には冷ややかな印象を受ける少年だった。

その時から目を引く容姿は顕在で、妬まれる一方で多くの人が魅了された。

当時の俺もその一員である。

貴族的な容姿と、一段上から見下ろすようなその視線に憧憬の感情を抱いた。

大部分は彼と友人になったと錯覚し、そのまま終わる。

けれどある線を越えて近づいた者は程なくして気づくのだ。

彼は誰にも心を許さない。霞むように消えゆく人間だと。

後ろ盾は弱かったが、その負を上回る才能があった。

しかし剣の腕も判断能力も洞察力も人を見抜く目もあるくせに、一向にそれを活用する気がない。

いや、活用する事を周りから望まれなかった。

彼が平民ならばそれでも平穏に暮らせただろうが、上流階級社会では潰れるだけである。

美しいだけの命のない絵画のようであるとも思った。

それがどうだ。あの無気力ぶりはまるで見えない。

枯れかけの花が水を得たかの如く、強かな生命力に満ち溢れている。

「死を間近に感じれば、誰しも心境の変化がある。

そういうものだろう?」

真実とも嘘ともとれない言い回しだった。

だが勘を信じるならば、肝心な部分は全く触れていないだろう。

リカルドは実のない口角を上げただけの笑みを作る。

無意識の内に呻いた声が出てしまい、自分の敗北を感じた。

俺は昔から、彼の笑みにはそれが何を意味しようとも弱いのだ。

耽美主義によるものでは無い。

理想の存在に対する絶対的な気後れだった。

リカルドもこれ以上何を言っても答えてくれないだろう。

今日の所はこれで引き下がるか。

そう思った時だった。

「リカルド様!」

隣の男の名前を誰かが呼んだ。

声の方向を見やれば顔色も悪く走り込んでくる一人の男がいた。

「グスターか、どうした」

どうやらリカルドの使用人らしい。

グスターと呼ばれたその男は傍まで来て立ち止まり、荒い息もそのままにリカルドに何やら耳打ちする。

余程急ぎの事があったのだろう。

隣に立つ俺に挨拶すら無いのだから、彼の焦り具合が伺える。

家族の訃報でもあったのかと色々憶測してしまう。

そして、俺は目を疑った。

リカルドが酷く動揺した表情だったからだ。

不安気に目をさまよわせ、元々白かった肌が青くすら見えた。

俺は今までこの男がこんな感情を露わにした所を想像すらしなかった。

全てを諦め、全てに絶望していた嘗てからかけ離れた姿だった。

「あれは何をしていた」

「部屋の傍に控えていたらしいのですが・・・」

「どこへ」

「分かりません」

微かに漏れ聞こえる会話から誰かの行方が分からなくなったと知る。

「・・・お捜ししなくては」

それは焦燥の籠もった小さな一言だったが確かに聞こえた。

問題の人物こそ、リカルドを変えた張本人だと直感が告げる。根拠は無い。

「直ぐ行く」

走りだそうとしたリカルドに声をかけた。

「人捜しなら、俺も手伝おうか?」

一瞬彼は躊躇ったが、結局その首を横に振った。

「いや、必要ない」

そしてそのまま振り返ることもせずに走り去る。

置いて行かれた使用人が慌てて後を追った。

嵐が去った後の静けさが周囲に戻り、一人残された俺は失望の溜息を吐く。

「俺、信用ないな」

人手が必要な人捜しで手伝いを断られたというのは、そういう事だろう。

君を変えた人が知りたい。それは害をなす為ではなくただ見守りたいが故なのに。

リカルド。今も昔も君が好ましく思う。本人は信じてはくれないだろうが。

時折見せる澄んだ水面のような透明な心を、何より自分は眩しく思っている。

一方的な友愛を胸に、深く嘆いた。


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