第一話
計画性?何それ美味しいの状態なので、内容が大きく変更したりあらすじから予測される内容とはズレが生じる危険性があります。この点をふまえてお読み下さい。
私、遥の人生は齢二十と少しにして、既に波瀾に満ちている。
高校の時分、物質転移の魔術の探求をしていた辺境の老魔術師に誤って召喚され、地に這い蹲る勢いの謝罪と共に二度と元の世界には帰られないと告げられた。
仕方なく身を立てる為に老魔術師を師と仰ぎ、魔術の道に進むこととする。
勉学に真面目な性分も幸いし、惜しみなく術を伝えてくれた師グライムに恥じぬ弟子と成れたと自負している。
けれども魔術師ながら己の寿命を伸ばす事を放棄していた師に、老いは確実に迫っていた。
静かに息を引き取ったのは、骨に凍みいる寒さの冬の朝のこと。
以来俗世から離れ、一人村はずれの森の中で生活していた。
その世の中から隔絶された環境が良く無かったらしい。
ある時、私に軍服の尋ね人が訪れた。
戦況が悪化した為、特殊職業人として戦場に出て欲しいとのお上の命令である。
始めそれは私の師に宛てたものであったので、無碍に断った。
すると、ならば弟子の私に強制的に出る義務があるという。
仕方なく向かうことにしたが、女の身に不安を感じ、魔術を用いて男に化けてから出立した。
目立たないよう鳶色の髪と目にし、少年のような姿になったが女よりましである。
そうして今現在、嘗て平和な女子高生であった筈の私は、戦禍の直中に立っていた。
銃などない、剣と鎧と魔術の世界。
しかし戦場というのは何処までも生臭さに代わりは無い。
肉の付いていた亡骸が、翌日には鼠に食われて骨になっている日々だった。
後方からの支援攻撃が主な部隊に配属され、幸運にも剣術或いは騎馬部隊の連絡係よりは死亡率が低いと思われる。
「火線部隊、放てっ!!」
小隊長の声と共に、魔術師が一斉に火を扱った魔術を放つ。
目映い光が敵兵群がる野に広がった。
簡易な砦を境に我が国ローライツが若干高い位置に布陣している。
相手取るヘリオットの国は野と木と森が散在するこの場所で、細波のように大挙して押し寄せていた。
今現在、砦の存在によってなんとか態勢を持ちこたえているのが現状だった。
戦争の始まりは主食の小麦のやりとりに関する些細な事だったらしい。
きっかけはそれだったにせよ、虎視眈々と領土拡大を狙っていた相手国との交渉は難航し結局開戦となってしまった。
元より相手側にはこちらとの話しに応じる気は無かったのだろう。
攻めにくいとされていた所以であるローライツとヘリオットの間に広がる樹海を抜け、遠路はるばる攻め込んできた。
私のような末端には、どうにも出来ない事である。
他の魔術師達に紛れ、私も駒として合図と共に下級の攻撃魔術と防御魔術を唱える。
魔術師は術を師から弟子に伝えるのみで、学校などで集団で基礎を教わる事はない。
お陰で集団で統率の取れた魔術を使用したい時は、この様に下級か簡易の中級魔術で足並みを揃えるのだった。
勿論得意な分野が必要とされれば、その時に移動や臨時で向かわされる事も度々だ。
しかし大方、不得意な分野でも無理矢理この様に使わされるのが通常だった。
戦況は長らく膠着状態が続き一進一退を繰り返している。
長引きそうな様子に魔力の温存をしていた面々も、次第に精神的に追いつめられて無駄に派手な魔術を放つ輩も現れ始めた。
戦場では待つ、という簡単な事も非常に忍耐を必要とする。
私も無駄な魔力を使わないように最低限の魔術で応戦するが、少し敵兵の姿が遠くに見えるだけで過剰反応しそうになるのを抑える事に苦労した。
日が落ちても安眠出来る訳ではない。何時間か毎に交代で見張りをしなくてはならなかった。
昼夜の別なく緊張状態を強いられ、いつまでもこの状態が続きそうな感覚に陥ったとき、突然轟音が鳴り響いた。
「敵襲!!!!敵襲!!!
南門内側より地下から敵襲!!!」
見張りの声が状況を知らせる。
慌てて見回すと、自分のいる直ぐ傍に敵兵が堀り進めていたと思われる大穴が出現し、次々と敵兵を吐き出していた。
誰しも顔を青くした。
今まで膠着状態だったのは砦があったからである。
それをまさかこの様な形で内側から崩されるとは。
暗い夜に松明の明かりが灯り、急襲を知らせる。
「狼狽えるな!迎撃せよ!!」
魔術師部隊を率いる小隊長が応戦すべく命じるが、余りにも穴が近かったために直ぐに混戦状態となってしまった。
不幸中の幸いか、魔力の温存はしてあったので思い思いに魔術師達は得意な魔術を放ち出す。
魔術師部隊と隣あっていた一般兵部隊も、穴からの進入を防ごうと弓と剣を持って奮戦した。
しかし予想も付かなかった奇襲に、味方部隊は次々と倒れていく。
正に戦場は地獄絵図と化していた。
「オオおおォオオおおお!!」
怒声が飛び交い、私自身も向かって来た敵兵を攻撃魔術で数人の命を刈った。
剣を避け、必死で自分の命を守っている内に、気づけば周囲に立っている味方の姿が見あたらない。
皆、地に伏せて動かなくなっていた。
「畜生!」
叫ぶ。けれど罵声すら、誰にも届かない。
こんな誰にも知られない場所で自分は死ぬのか。
どうせ殺すなら、この世界に来た時に殺せば良かったのだ!
世界か神か、誰かを呪う。
迫りくる死を前に、亡くなった師の言葉が蘇った。
魔術というものは想像する事が基本である。
魔力を如何に持っていたとしても、克明な想像が頭に無ければ大きく魔力を削られるだろう。
では、逆に想像が明確に出来ていればどうなるか。
答えは簡単だ。
僅かの魔力で莫大な影響を及ぼすことすら、可能である。
私の周りには、最早味方はいない。
今から行う事は嘗ての世界の理である。
生きるか死ぬか、さて。
想像する。私の魔力が微細な粒子となり、周囲に飛散していく様を。
巻き上げられた粉のように、風に紛れて広がっていく。
それらの粒子は可燃性の火の魔力である。
大きく大きく膨れ上がった所で、私は小さな電撃を作った。
次の瞬間、巨大な爆発が周囲を飲み込んだ。
爆風に吹き飛ばされ、背中を強打する。
爆発の瞬間目を閉じてはいたが、それでも尚目が眩んだ。
聴覚も異常をきたしているらしい。
電子音の空耳以外、何も聞こえなかった。
それでも暫く耐えていると、目と耳が元通りに開いてくる。
目にようやく映った光景は、私がもたらした静寂だった。
「はは・・・皆、死んだのか」
あれだけ居た敵兵が、巨大な爆発に巻き込まれて死んでいる。
敵兵を吐き出していた穴は、瓦礫で完全に埋まっていた。
あの中には更に多くの死者がいることだろう。
私たちを殺すべく堀進めてきた穴が、そのまま自分達の墓穴となったのである。
粉塵爆発と呼ばれたそれは、魔術の神秘と重なって恐ろしい武器となった。
周囲がこれだけ死んでいても自分が生き残ったのは、爆風に耐えるために圧縮した空気の結界を張ったからだ。
その私ですら、どうやら肋骨を何本か壊したらしい。
精神が高揚しているからか痛みは感じなかった。
緩慢な動作で体を動かして、爆発の中心地から遠ざかる。
遠ざかるにつれて敵兵の姿は見えなくなった。
代わりに呻き声をあげて体を痛みに震わせる味方の負傷兵と、敵兵にも爆発にも巻き込まれずに済んだ一般兵の姿が見られた。
彼等が生きていてくれた事に安堵する。
私は近くに居た、呻き声をあげる青年兵の傍に膝をついた。
彼は苦しげに腹を押さえていたので、服を剥いで様子を探る。
露わになったのは折れた剣である。深々と彼を貫いていた。
頭を動かし人体の内部構造を必死に思い出す。
医者など、気の利いた存在は後方でしか存在しない。
それまで彼の命を持たせるのは、前線に居る私達しか居なかった。
覚悟を決めて想像する。
細胞が分裂し、傷を覆う。
背中から順に再生再生再生再生。再生と同時に、剣を引き抜いた。
血管はどうか。出血の量を抑える。
傷ついた血管壁が分裂し、修復する。
大雑把ながらひとまず応急処置を終えた。
いくら元の場所で医療知識が溢れていたとはいえ、想像が及ばない曖昧な部分は多い。
それは自分の魔力の消費量によって補った。
一人治療しただけで石を背負ったような疲労感があったが、構わず次の負傷兵の治療に取りかかる。
腕が無い者に血管が収縮する想像をして出血を抑える。
骨を風の刃で滑らかに削ると、皮膚を再生して断面を覆わせた。
抗生物質の代わりに、免疫機能を上げる想像で代替したが、結果が分かるのは後のことである。
休む間もなく次に移った。今度は魔術によって火傷を負わされた兵だ。
大気から綺麗な水を集めて表面を洗う。
皮膚の再生を終えると、脱水にならないよう水を飲ませて横に寝かせた。
次は裂傷を負った兵。次は矢を射られた兵。
次は、次は、次は、・・・。
とうとう普段魔術に安全に使えるとされる余剰の魔力も尽き、生命の維持の為に必要とされる分の魔力にすら手を出した。
数え切れない兵の傷を癒し続けた。
自分の起こした惨劇から逃れるかのように。
ふらつく体に鞭打ち、瓦礫の傍に座り込む一人の青年の傍に歩み寄る。
どうやら纏う鎧と格好から見て階級が上の方のようだ。
階級に関わらず治療をしていたので、足下にも及びそうにない方もこれが始めてではない。
同じように治療を施そうと着ている物に手をかける。
剥ぐと肩から大きく脇腹まで切りつけられていた。
治癒の魔術をかけようとする私の手を、誰かの手が押し止めた。
「私は・・・いい・・・。他の者を・・・」
大きな切り傷を負った青年自身の手だった。
「あなたは既に多くの血を失っています。後には回せません」
座り込む地面にも血が滴っている。予断を許さない状況だ。
それに加え周りの者で青年より重傷な者は、もう手を尽くしたか命を落としていた。
それでも青年はなおも私の手を拒む。
「私は・・・もう、いい」
のぞき込んでしまった瞳が諦めの色にしか無いことに気づいた。
生に希望を持たない、塗りつぶされた絶望の青。
今までの誰とも違うその目を見て、悟った。
「死を望むのか」
この男は、死に場所を求めて戦場に来たのだ。
無表情にこちらを見つめるその顔に、無性に腹が立った。
八つ当たりのように苛立った。
何故私がこんな所で大勢の人を殺し、味方の兵を助けなければいけないのか。
何故戦場に立たされているのか。生まれた故国でもないこの場所で。
今の状態全てが気に食わない。
一人満足げなこの男も気に食わない。
精神肉体共に限界などとうに越えていた。
「ふざけんじゃねぇぞ」
気づけば感情のままに、口をついて言葉が出ていた。
厳しい上下関係など今の私に考える余裕はない。
「ここで死んでいい奴は、勝つために来た奴か、守るために来た奴だけなんだよ。
お前みたいな負け犬が死ぬ場所じゃねぇ!!」
私ですら亡き師が愛したこの国を僅かに思う気持ちがあるから、逃げ出さずにこの戦場に来たのである。
守ろうとして散っていった英雄達と、ただの自殺志願者が同じになっては余りに前者が報われない。
青年は私の口調に驚いたか、目を見開いてこちらを見ていた。
彼の青目に僅かに光が生じる。
「ここまで言われてまだ死にたいのなら、賭でもするか?
俺が死んだら、家に帰って自殺でも好きにしな。
だが俺が生き延びたら、お前の捨てた一生を俺が拾ってやるよ。
俺の為に生きて俺の為に死ね」
どちらにせよ、この場所では死なせない。
青年は食い入るように私を見た。
その脳裏にどんな感情が渦巻いていたのか知らない。
けれども暫くして、眉を寄せて言った。
「それは私が死んだら、の間違いでは?」
「阿呆、俺が治すんだ。お前は死なないさ。」
どうやら私は彼の目に、健康な人間に見えるらしい。
実際は立つことすら出来ない状態だったが、外傷がないので傍目では分からない。
無抵抗になった彼を震える手で治療する。
絞り出された命の魔力に心臓が悲鳴を上げた。
それでも無理矢理彼の傷を塞ぐと、終わる頃には足すら力が入らず横に倒れてしまった。
体勢を立て直す為の腕の力も、全く入らない。
「おい、大丈夫か」
これで大丈夫に見えたら、お前の目は相当狂っている。
軽口を返す声さえ出せなかった。
感じる自分の命の小ささに、吹き込むような死を感じた。
本当に死んでしまいそうだ。全く。
「誰か!誰か彼を!!」
取り乱す青年の声。
諦めしか無かった彼の豊かな感情を見いだし、酷く気分が良いまま私の意識は闇に溶けていった。