現代の若者は未知の恐怖に実感がない
家族全員が寝静まった真夏の夜22時45分。
地雷系ファッションに身を包んだ女子高生の陽花里は、スマホを片手に家の玄関を開けた。
夜中でも蒸し暑いこの時期に外出した彼女はある目的があった。
それはこの敏出町に伝わる都市伝説を、笑いものにする配信をするためだ。
新星高校の音楽室には化け物が潜んでいる。
夏休みの深夜0時になるとその姿を現し、現場にいた者は例外なく喰い殺されてしまう。
100年以上前から伝わるその都市伝説は、陽花里も祖父母から何度も聞かされていた。
しかし、陽花里はそんな都市伝説を全く信じなかった。
化け物が本当にいたらとっくに閉校になっている。
事件が起きたら警察が処理している。
どうせ後ろめたいことをしていた誰かが、事実を隠蔽するためにばら撒いた噂に過ぎない。
そんな解釈をする陽花里は、祖父母とは折り合いが悪かった。
時代遅れな子供騙しの教育を押し付ける老害──祖父母をそう認識していた陽花里は口論が絶えなかった。
だから彼女は当てつけを目的として、深夜の新星高校で配信しようとしていた。
校門を軽やかに乗り越えた陽花里は、スマホを起動すると明るい口調でリスナーに向かって挨拶を始めた。
「みなさんこんばんはー!今日の陽花里は深夜の新星高校を配信しちゃいまーす!」
「えぇっ、勝手に入っちゃって大丈夫なの?」
「陽花里ちゃん、補導されんなよー」
良心的なリスナーは陽花里を心配する。
けれども彼らの言葉が陽花里に響くことはない。
「そーんなことどうでもいいの!今日はあのクソ老害を笑ってやるって決めたんだからさ!」
陽花里は祖父母のことを愚痴りながら、校舎の中へと足を踏み入れた。
そして彼女は何のためらいもなく、音楽室の扉を開けた。
「ほーら、化け物なんていないでしょ」
陽花里は音楽室の中央まで足を運ぶと、室内全体の光景を映すようにスマホを片手に一回転した。
スマホのカメラには音楽室の光景が映し出されただけで、不自然なものは一切映っていなかった。
もちろん陽花里の視界に映る光景も、いつもの音楽室の光景だけだった。
「陽花里ちゃん、せっかくだからピアノを弾いてよ」
「化け物がピアノの音に釣られて出てくるかもな」
リスナーたちは陽花里にピアノを弾かせようとコメントをした。
「いいねいいね!じゃあ、あたしピアノを弾いちゃいまーす!」
陽花里はそんなコメントに応えるように、ピアノの椅子に座った。
「へったくそ!」
「これじゃ化け物も逃げ出すわwww」
「絶望音感www」
リスナーたちは陽花里の演奏を笑う。
「弾いたことないんだから、当たり前じゃん!」
そんなリスナーの反応に、彼女も笑顔でコメントを返した。
陽花里は自分がピアノを演奏できないことくらい分かっていた。
だからヘタクソな演奏を笑うコメントに傷つくこともなかった。
むしろ配信が盛り上がったことに喜んでいた。
「そろそろ0時じゃね?」
「そういえば化け物が出るのって0時になったときだっけ?」
化け物が出ると言われていた時間が近づくにつれて、リスナーがざわつき始めた。
「そうだね」
そんな彼らに陽花里は軽くコメントを返す。
そしてついに時計の針が0時を指した。
「えっ!」
その瞬間、照明の明るさを遥かに凌駕する何かが、音楽室全体を瞬く間に白く染め上げていった。
陽花里は唖然とする。
やがて壁や物は陽花里の視界から消え去り、白一色の光景が瞳に映し出された。
最初は何かが発光したと思っていた陽花里だったが、すぐにそれは勘違いだと理解した。
周囲の景色を白一色にかき消した何かは眩しくなかったからだ。
そしてなぜか、目の前で自動車が急ブレーキをかけたような音が響き渡ったのだ。
3階の音楽室に車が突っ込んでくるはずがない。
陽花里は不思議に思い後ろを振り向くが、そこには白一色の光景が広がっていただけだった。
陽花里の配信を見ていたリスナーは、景色が白く塗りつぶされていく瞬間と、急ブレーキの音を捉えていた。
けれども陽花里の配信は、その後すぐに途切れてしまった。
陽花里の配信はすぐにSNSで話題になった。
彼女のSNSアカウントはあれから一切動きがない。
SNS中毒だった彼女ならばあり得ないことだ。
何かに巻き込まれたに違いない──そう確信させるには十分過ぎる条件だった。
陽花里の配信がきっかけで敏出町に伝わる都市伝説も一気に話題となり、彼女の祖父母を批判する声も相次いだ。
余計なことを言わなきゃ、この女子高生はこんなことにならなかった。
教育が裏目に出た典型。
そういった書き込みに陽花里の母親は感化されると、実の両親である陽花里の祖父母を責め立てた。
警察は行方不明となった陽花里の捜索を進めていた。
しかし、彼女が化け物に喰い殺された証拠は一切見つからなかった。
それどころか現場となった新星高校の音楽室には、遺体どころか血痕さえ残されていなかった。
もちろん彼女の所有物も見当たらなかった。
警察の捜査結果がニュースで流れると、敏出町の都市伝説に新説を唱える人々が現れた。
陽花里は異世界転生した──そんな言説が拡散され始めたのだ。
異世界転生ものは光に包まれたり、トラックに撥ねられて死亡することから始まるのが定番だ。
陽花里が行方不明になった時の状況は、そんな異世界転生ものの導入と酷似していたのである。
異世界転生説が話題になると、陽花里の状況を再現する者が次々と現れた。
彼女の真似をし出した配信者たちは、敏出町の都市伝説をみんな信じていなかった。
もちろん異世界へのゲートがあると信じたわけでもない。
不思議な出来事の大半は科学的に説明がつく。
正体不明な生き物がいるなら、監視カメラに映し出される。
分からない現象はネットで調べたり、対話型AIに質問すればすぐに答えが出てくる。
そんな環境で育った彼らは、未知を恐れる感覚がなかったのだ。
彼らもまた陽花里と同じように姿を消した。
捜査をしていた警察官も同様だ。
最終的に新星高校は封鎖されたが、それまでに8名もの行方不明者が出てしまった。
そして、この事件をきっかけに敏出町ではこれまでの伝承を語ることは禁忌とされた。
語り継がなければ陽花里が巻き込まれることはなかった。
今時、深夜の高校に忍び込むような学生はいない。
時代錯誤した教育が彼女を帰らぬ者にした。
SNSで騒がれていた論調は、敏出町の社会秩序にも影響を与えたのである。
消息を絶った者たちがあれからどうなったのかは分からない。
もしかしたら、本当に異世界へと渡ったのかもしれない。
それとも何一つ残らないほど、残酷な殺され方をしたのかもしれない。
その真相を知ることはいつまでも叶わないことだった。




