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自爆から始まる異世界転生  作者: 江戸エド


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7/16

 私が来た当初の常闇の神殿は、風が吹く音も聞こえない静かなところだったが、流浪の変態マスクマン、いや、流浪の変態奇術師だったか?

 とにかくそのクソダサい、人が笑っている顔を銀色のマスクにしたシルバーフェイスとかいう変態マスクマンの訓練と教育が始まると、常闇の神殿は観光客が殺到する農村みたいに騒がしくなった。


 「ここにいると、こういう(もよお)しはそうそうないからねえ」

 祭りをやっていると聞いて見に来たって感じか。

 しかしあの人達は一体何処から現れたのだろう?

 「常闇の神殿は君の予想をはるかに超える広さがあるんだよ。さて、それじゃあ訓練を再開しようか」

 この世界に昼夜のサイクルはなく、空には常に夜空が広がっていて、そこで(まばた)く星の位置が動いている事に気づくことが、この世界で唯一時間が過ぎていることを知る方法だと習った。

 しかし今の私に夜空に瞬く星々を眺めている時間も余裕もない。


 ——睡眠も食事も排泄もいらないなんて素晴らしいと思わないか?

 私を教育してくれている狂人の一人がとても嬉しそうにそう言っていたのを思い出す度に私は怒りを覚える。


 「死ねえええ!」

 常闇の神殿に死は存在しない。しかし、負傷と痛みは存在する。

 剣の柄を握る指を切り落とされて、予備の短剣を抜こうとした逆の手の手首を切り落とされて、立ち上がれないように膝を断ち切られる。

 「このようにちゃんとした実力をもった剣士の間合いに、何の牽制も無く不用意に入ると、準備万端で待ち構えていた敵の反撃を受けることになります」

 切り落とされた指や手首に黒いもやが集まり、それが晴れると元通りの指と手が現れるが、その間は絶え間ない激痛が私を悶絶(もんぜつ)させる。

 「ではもう一度」

 二度と味わいたくない激痛を味わった直後にまた斬り合いを始める。

 最初はあまりの恐怖に幼児みたいに泣き叫んでいた。でもそれで剣術の先生を含む武芸全般の先生たちが私に優しい言葉や気遣いをしてくれたことは一度だってない。

 ——殺し合いで可哀そうだからと手加減をしてくれる奴はいない。

 ——敵に情けを期待するな。それは敗者の考えだ。

 ——常在戦場。武器を持つのなら甘えは捨てろ。


 寝る暇もほっと安堵する時間もない。

 「覚えることも修得する事も理解する事も山のようにあるのに、そこにかけられる時間は限られている」

 ここに来てからどれだけの時間が過ぎたのか分からないが、私が修得した武芸や技術・知識・経験から推測すると少なく見積もっても三年から五年は過ぎていると思う。十年といわれても驚かない。

 それだけ多くの事を学んで身に着けた。


 「死んだ人間を現世に戻すのは、崖から飛び降りた者を飛び下りる前に戻すくらい難しい、と言われている」

 何処の誰がそんな事を言ったのか分からない情報なので信憑性はそこまで高くはないけど、簡単ではないのは確かだろう。

 現世で生きている人間の魂と私の魂をバッテリー交換のように取り換えるとしても。

 しかしそれを何の予告も無くやるのは如何(いかが)なものだろう。

 もし目の前にダナヘトラ様がいたら、きっと私は高速タックルからのハンマーパンチをダナヘトラ様の顔面に気を失うまで叩き込んでいただろうと自信を持って言える。


 ****


 親方一人とその一人娘で助手のゾーイが暮らしていた小さな彫金工房。

 その奥にあるダイニングキッチンの一番奥の角に座り込んでいるゾーイの泣き顔を小さな魔道ランプのオレンジ色の明かりが照らす。

 「ごめんなさい。ごめんなさい、パパ。弱い私を許して」


 ゾーイの父が亡くなったのは数日前の夜の事。

 よく仕事を貰っている町で一番大きな工房の親方から誘われて参加した宴会の帰り道で、物取りに襲われて殺されてしまったのだ。


 ゾーイの脳裏に浮かぶのは、宴会に出かける父を見送った時に父が見せた苦笑い。

 人付き合いが苦手で、断れない相手以外の誘いはすべて断っていた父が近頃は全ての誘いに参加していた。

 その理由をゾーイは知っている。

 ——お前もそろそろ結婚する歳だな。

 嬉しかった。自分のために苦手な宴会に参加する父の気持ちが。

 でもその思いがこんな結果を生むなんて……ゾーイには耐えがたい苦しみだった。

 いや、これが本当に不運な出来事ならゾーイも父の死を受け入れられたかもしれない。でもゾーイの父の死は仕組まれたものだった。


 「見ない顔だが、ありゃ誰だ?」

 町で一番大きな工房の宴会となると、その参加者の数は数十人に及ぶ。その人柄は玉石混合。善人もいれば悪人もいる。


 ゾーイの父は悪人に目を付けられた。息子の一人に会う度に自分の工房が欲しいとねだられてうんざりしていた、職人組合(ギルド)の幹部で町民議会の議員の一人に。


 「ほう。それは都合がいい」

 仲間から話を聞いた悪人は、天啓を得た気持ちですぐに手を打った。

 犯人は旅の流れ者。捕らえたのは、職人組合(ギルド)の幹部で町民議会の議員の一人、町の名家ドンケルス家の家長フランツ。


 「残された娘は私の息子の一人と結婚させよう」

 さすがは町の名家だと、誰もがドンケルス家のフランツを称賛した。

 ゾーイも父の仇をとってくれたフランツに感謝していた。


 でもゾーイは見たのだ。父の葬儀に現れたフランツとその息子が父の棺を見て嘲笑(あざわら)ったのを。

 ゾーイは不信感を抱いた。そしてよくよく考えると不審な点がいくつもあることに気づいた。


 まず、犯人の流れ者。これは言葉通りの他所から来た者達がほとんどで、夜の町を迷わずに歩けるほどの土地勘はもっていない。事実、流れ者が昼間に恐喝や窃盗をすることはあっても、夜にやったことはゾーイが知る限りでは一度もなかった。


 何より、その捕らえられた流れ者が口も利けないほどの暴行を受けていて、翌日にはその怪我が原因で死んでいたことだ。

 町の判事は捕らえられた流れ者が犯人だと証言する者が何人もいると言ったが、その証言が真実だと確かめた者は一人もいない。


 だからフランツが父を殺したという明確な根拠も証拠もない。でもやつらは父の棺を見て嘲笑った。ゾーイにはそれだけで十分だった。

 だから準備をした。

 作業台に置かれた油瓶。布切れ。火打石。


 ゾーイはこれらを婚約式に着るようにとフランツから送られた豪奢な衣装に仕込み、それらを使ってフランツの屋敷を燃やすことを企んだ。

 でもフランツの息子とゾーイの婚約式に訪れた祝福客は、ドンケルス家の大きな屋敷から溢れるほどいて、とてもではないが放火が出来る状況では無かった。


 そして昼から夜まで続いた婚約式が終わって、フランツの再三の宿泊の誘いを断って家に帰りついたゾーイは、豪奢な衣装のまま工房の作業台の椅子に座った。


 作業台の小さな魔道ランプに火を灯すと、オレンジ色の明かりが父と共に働いた小さな工房を照らした。その全てに父と暮らした記憶があり、それが愛おしくて懐かしくてゾーイの目から涙がこぼれた。


 人付き合いが苦手で娘のゾーイにも最低限の会話しかしないぶっきら棒な父親だったが、一度だってゾーイに暴力を振るったことは無いし、理不尽な事を言ったこともない。


 ただずっとそばにいてくれた。ゾーイが眠るまで手を握ってくれて、泣いて帰ったら泣き止むまで抱っこしてくれて、ご飯を作ってくれて、汚れた服を洗ってくれて、買い物の帰りにお菓子を買ってくれた。


 彫金の仕事も教えてくれた。読み書きや計算も教えてくれた。針仕事も料理も洗濯も教えてくれた。

 この工房にはゾーイの大切なものの全てが詰まっている。


 それを父の仇かもしれないフランツとその息子に好き勝手にされる。それは、それだけは我慢ならなかった。

 (これは父のものだ。父と私のものだ)


 婚約式に着て行った豪奢な衣装の中に仕込んでいた油瓶を手に取り、じっと見た後作業台の上に置いた。

 (出来ない)

 奴らに渡すくらいなら燃やしてしまおうと思ったゾーイだが、父が大切にしていた道具や工房を燃やす決意がどうしても出来なかった。


 (情けない。結局私は何も出来なかった。やつらの屋敷を燃やすことも、父の工房を燃やすことも)

 いや、一つだけ出来ることがある。でもそれは絶対に父が望まないことだ。

 それに心残りもある。あいつ等に報いを受けさせるという。


 「疲れた……」

 昼から始まった婚約式は休憩を挟みつつ夜遅くまで続いて、もう心も体も限界だった。

 今日はもう寝ようか。

 そうゾーイが思った時、工房の玄関を叩く音がして人の声が聞こえた。


 「ゾーイ、俺だ。開けてくれ」

 フランツの息子で今日ゾーイの婚約者になった男の声だった。

 「まだ起きているんだろ?」

 婚約者とは言え、こんな時間に独り身の女性の家を訪れるのは、非常に無礼な行為だ。


 「なあ、開けてくれよ」

 男の目的は明らかだ。

 「開けないと、ドアを壊して入るぞ」

 ゾーイは作業台に置いていた油壷手に取っていった。

 「そんな事したらこの工房に火を着けるから!」

 そうなれば男の思惑は無に帰す。

 「そんなことをしたらお前もただでは済まないぞ」

 放火は殺人よりも重い罪で犯人は火あぶりに処される。


 ドン!と玄関ドアを蹴る音がして、玄関ドアにかけていたスライド錠を止めている釘が僅かに浮き出た。

 長くはもたない。

 そう思ったゾーイは玄関ドアに油壷を思いっ切り投げつけた。

 「何をした?」

 「油をかけたのよ!次にドアを蹴ったら火を着けるから!」

 ドア越しに男の舌打ちが聞こえた。


 「俺に恥をかかせてただで済むと思っているのか?ドアを開けろ、ゾーイ。これはお前の為でもあるんだぞ?」

 私のため?私のために父を殺したというのか!

 「黙れこの人殺し!お前らには釘一本だってやるもんか!」

 ゾーイは決意した。そして油をまいた玄関のドアに作業台の小さな魔道ランプを使って火を着けた。


 「馬鹿が!」

 玄関ドアがまた蹴られてスライド錠が更にドアから浮き出た。

 もうあと数回でドアから錠が外れるだろう。


 ゾーイは工房の奥にあるダイニングキッチンに逃げ込むと、そこにあった調理ナイフを手に取って部屋の隅に座り込んだ。親に叱られて泣きべそをかいている子供のように。


 「ごめんなさい。ごめんなさい、パパ。弱い私を許して」

 何も出来なかった。復讐する事も工房を燃やすことも。

 情けなかった。悔しかった。

 玄関ドアのスライド錠が弾け飛んで床に落下した音がした。

 「呪ってやる!お前も!お前の家族も!何代も呪ってやる!」

 男の怒りを感じる荒々しい足音が工房の中に入って来た。

 ゾーイは持っていた調理ナイフを逆手に持って自分の胸を突こうとした。

 でもその前に、目に見えない何かがゾーイの魂を鷲掴みにしてその体から引き抜いた。


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