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おそらくはシーツのような布で簀巻きにされた人間が川岸に運ばれて、人間大の木の板の上に首が板の外に出るように寝かされて大きな斧で首を切り落とす。
頭の無い簀巻きにされた人間を乗せた板を振り子の様に振って、板を振った勢いを利用して川の中で待機している獣人たちの所へ板の上の人間を投げ飛ばす。
川に投げ落とされた首のない人間は簀巻きにしていた布や服らしきものを剥がされて腹を縦に裂かれて、選別された内臓が笊に入れられて、選別外の内臓は川に捨てられる。
後は家畜の解体と同じで、各部位ごとに切り分けられて、血抜きと冷蔵するためだろう。それらを入れた網袋が川底に沈める。
五百メートルほど離れた所で行われていることだから詳細には見えないが、何をしているかは分かる、
頭の皮を剥いで卵の殻を割る様にハンマーで頭蓋骨を割って取り出した中身を鍋に入れたり、すり鉢に入れて摩り潰したり。
詳しくは見えなくても、どこをどうしているかは分かるし、そこから何のためにしているかを推測する事は簡単な事だ。
誰も何も言わない。ただ見ている。ひどく怯えた顔で。
背中に温もりを感じて振り向くと、西園寺さんが大きなぬいぐるみを抱きしめるように私の背中に顔をうずめていた。
何で彼女やクラスメイト達はこんな恐ろしい連中と命懸けで戦わなければならないのか?
彼女やクラスメイト達にそれだけの咎があったというのか?
仮にそうだとしても、それを罰するのは神ではない。
人だ。人が人に害を為したのだから。
何より、この世界の問題はこの世界の人間が解決するべきだ。どんな犠牲を払おうとも。あーそうか。だから私達はここに居るのか。
この問題を解決するための犠牲者の一人として。
「舐めやがって」
神様だか何だか知らないが、こんな横暴なことをして許されるものか。いや、絶対に許さん!
私は太陽と月が混在する夕闇に向かって固く握り締めた拳を突き上げ叫んだ。
「この世界の全てを呪ってやる!この世界の全てが滅びるまで!」
能力〈主の慈悲〉を発動!
「我が敵を滅ぼせ!」
そう言った瞬間、何かが私の魂をわし掴みにして私の体から引き千切る様に引き抜いた。
****
スプラッタ映画でしか見た事が無い光景が目の前で起きていて、怖くて怖くて、でも私の前にある華奢な背中は身じろぎもしなかった。何者にも屈しないというように真っ直ぐ堂々と立っていた。
その背中に私は縋りついた。助けて、と。
触れた腕と顔と胸が暖かくて、恐怖に震える私の手を握った手は優しく柔らかかった。
「舐めやがって」
彼女の背中にうずめた顔に彼女の声が響いて伝わった。
「この世界の全てを呪ってやる!この世界の全てが滅びるまで!」
彼女の声が、怒りが、彼女の体から私に伝わって、私の全身を震わせた。
許さぬ、と。誰が相手だろうと絶対に許さぬという、彼女の強い意思と覚悟が私を震わせた。
「我が敵を滅ぼせ!」
彼女がそう叫ぶと、空から閃光と轟音が落ちて、川の両岸に陣取っていた獣人の野営地から数え切れないほどの火柱が立ち上がった。
その瞬間、腕にぐっと重みが加わって、腕の中にいる田中さんに視線を向けると、私の腕の中の……田中さんが……生気のない目が……
「田中さん……?」
腕に伝わる感触が、私の腕の中にいるのが、これはもうただの抜け殻だと言う。
「田中さん!」
違う!嘘だ!そんなはずはない!
「田中さん!」
起きて!お願い!起きて!
「え……?」
「嘘だろ……?」
「そんな……」
「……嗚呼」
「田中さん!」
何で?何で……?
****
コンクリで固められて水の中に沈められた水死体みたいに動かない私の体を、目に見えない力がぐいーんと水面まで押し上げて、肌が温かい大気に触れて、口から吸いこんだ空気が肺を膨らませ、止まっていた心臓が動きだした。
星空が見えた。
「おや。これは驚いた。何十年ぶりでしょう」
わざとらしい、演劇っぽい驚き声がした方に顔を向けると、寝転んでいた私の視界がくるりと回って、寝転んでいたはずの私の体が立っていた。
笑った顔を象った銀色のマスクを被った、ヨーロッパ貴族みたいな恰好をした、年齢不詳の男性の三歩前ぐらいの所に。
「わたくしは流浪の奇術師シルバーフェイスで御座います」
優雅に一礼したマスクで顔を隠した貴族風の男性に、私も礼儀正しく一礼をする。
「田中、薫です」
またぺこりと一礼した。変態は変態であることを悟られることを何よりも恐れているという。
ゆえに私はオペラ座の怪人を気取っている変態なのか変人なのかはまだ分からないが、シルバーフェイスを名乗るオジサンなのか青年なのかはまだ分からないが、その人が真っ当な人と思って対応した。
よくよく考えると、いかにも厳格な軍人に見える人が実はその軍服の下に女性用の下着を着ていた、というのは何処の国でも起きている事だ
となると、一目で変態あるいは変人に見える見た目をしている人は恥知らず、ではなく、正直な人と言えるかもしれない。
「おや。これは気が利かずに申し訳ない」
そう言って変態マスクマン、シルバーフェイスさんが一歩二歩と下がって、どこからともなく出した杖を体の前の地面に突いてその丸い杖頭に両手を重ねておいた。
「用心深いお嬢さんだ」
武器にもなる杖が何処からともなく出て来た瞬間私はクマと出会った時と同じように一歩二歩と後退って、いつでも左右に逃げだせるように軽く足を開いて少し腰を落とした。
「しかし、良い判断だ」
変態マスクマンが杖をくるっと回したら杖が消えた。
「ここは月の女神ダナヘトラ様の神界で常闇の神殿と呼ばれている」
ゲームのNPCが言いそうなセリフだけど、変態マスクマンはNPCではないし、私はゲームのキャラクターではない。美人でもなければ可愛げもない、ただのクソつまらない陰キャだ。
「そこに何故君が居るのかを説明する前に、君にお聞きしたい」
死んだかどうかなら死んでる。確証はないけど。
「この世界の全てを呪ってやる!この世界の全てが滅びるまで!と君は言ったが、今もその気持ちに変わりはありませんか?」
私の声を完璧に真似るとは、さすがは変態マスクマンだ。ここが劇場なら腐った卵を一ダース投げつけて拍手喝さいをしてやっているところだ。
「…………」
答えは沈黙。敵か味方か分からない相手に馬鹿正直に答えるのは、純真無垢のハイジと平和ボケした日本人と誰にでも媚を売る社畜だけだ。
「よろしい。ではまず、なぜ君がここに居るかの説明をしよう」
変態マスクマン曰く、私に加護を与えた神様は私に嘘をついたらしい。
「君は巫女から一人と言われたが、本当は全員を返せた」
神様が嘘をついてはいけないというルールは無いが、加護を与えた者に嘘をついて騙すことは、神様の世界ではご法度のイカサマらしい。
「神では無いわたくしにどんな罰則が下されるのかは分からないが、神界で一、二の力を持つ神様が最下位までその力を落としたそうだ」
そう言われても、ふーんとしか思わない。その神様をぶん殴っていいという話なら喜んで全速力でぶん殴るけど。
「その神のイカサマを見抜いたのがダナヘトラ様で、君を冥界から引き揚げて下さった方だ」
その言い方だと私を助けてくれたすごくいい神様のように聞こえるが、私には詐欺師の常套句のような胡散臭いセリフに聞こえた。
「何のために?」
どんな慈善家だって見返りを求めるものだ。名声だったり、称賛だったり、人脈を広げるためだったり、子供達の笑顔を見るためだったり。慈善活動は、何かしらの見返りがあるからするものだ。
「ずいぶんと儲けたみたいだからね、君のおかげで。だから、少し手を貸してやろうと思ったんだろうね」
「手を貸す?」
こんな所に連れて来られても特にやりたいことは無いんだけど。
「君は仲間を元の世界に戻してやりたかったんだろ?」
私は頷いた。
「ダナヘトラ様はその機会を与えるために君をここへ連れてきた」
常闇の神殿は、良く言えば古い日本の農村の風景に似ている。悪く言えば、ホラーゲームにありそうな古い廃村に見える。
「ダナヘトラ様は君の魂を現世に戻すおつもりだが、今の君を現世に送っても数日で死ぬか奴隷になるのは火を見るより明らかだ」
グーの音も出ない正論だ。この変態マスクも西園寺さんと同じぐう聖か?
「だから君にはここで学んでもらう。どんな状況でも生き残れる術を」




