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小部屋から戻って来た私を出迎えてくれた西園寺さんの顔は、暗い顔をした私を慰めるような優し気な微笑みだった。
「今は役に立たなくてもいずれ役に立つ能力かもしれませんよ」
「……うん」
その時は私の命が無いけど……でもその価値があるのなら……
私は来た時と同じ椅子に座っている老齢の巫女の耳元に顔を近づいて小声で聞いた。
「願いは何でも叶うんですか?」
老齢の巫女が私を見て首を横に振った。
「一人だけだよ」
スカーフで口元を隠し、私にだけ聞こえる声で囁いた。
「アンタらを召喚するのに若い男の農奴が5百人、生贄に捧げられている」
クラスメイトは32名だから、均等に割れば一人当たり16人未満の犠牲が支払われていることになる。
「一人じゃ足りないよ」
ごもっとも。というか、そんな願いを叶えたら、ここへ私達を連れてきた神様たちの労力の全てが無駄になってしまう。そうなれば私の願いを叶えた神様は、他の神様たちからすれ違いざまのラリアットを喰らってもおかしくないし、文句を言った所で誰も擁護はしてくれないだろう。
礼拝所を出て、クラスメイト達が集まって話し合いをしている食堂の片隅の席に座った私は、顔を俯かせてじっとテーブルの木目を見ながらクラスメイト達の話し合いに耳を傾けた。
その内容は、この城を目指して進撃して来ている十万を超える異教徒の軍隊と戦うのか逃げるのか。戦うのならこの城で戦うのか別の場所で戦うのか。逃げるのならどこへ逃げるのか逃げた先でどうやって生活していくのか。
「逃げられる範囲は限られている」
私達に力を与えた神様たちは私達が逃げた場合の事を考えて、私達がこの城から数日の距離を離れると加護と能力を失うようにしてあるらしい。
私を視てくれた老齢の巫女が言うことが本当なら。
——この国を守るために召喚したのに他所の国に行かれたり敵に寝返られたりしたら召喚した意味が無いだろ。召喚した神様だってそれじゃあ面目が立たないしね。
「敵にここを占領されたら力を失うのなら、出来るだけ遠くまで逃げるべきだ」
この城には多くの財貨があり、クラスメイト達が何処へ逃げてもお金で困ることは無いだろう。
「でも俺達には戦う術も身を守る術もない」
人里から離れた人気の無い街道に盗賊や人攫いが現れるのは、この世界では当たり前の事らしく、旅をするなら武装は必須らしい。
「常識も法も知らないし、読み書きも出来ない」
逃げるなら信頼が出来る護衛と教養のある人が必要になるが、どちらもすでに城からも町からも逃げ出している。
残っているのは、老いた奴隷と貧民、病気や障がいのある人たち。
「戦うにしても……」
クラスメイト32名の内、戦闘向きの加護と能力を持っているのは14名。でもその内の半数は、怯まずに戦える自信が無いという。
敵の兵力は十万以上。仮に32名全員が戦えたとしても撃退出来る気がしない。
「どちらにせよ、やるなら早い方がいい」
戦うのか、逃げるのか、どちらにも大きな不安があり、うまくいく保証も根拠もない。でもいつまでも悩んではいられない。敵は今も一歩一歩と近づいてきているのだから。
「二手に分かれよう」
高校入学の祝いに父がくれたソーラー電波時計によると、クラスメイト達は一時間半の話し合いの末に、攻撃組と逃亡組の二手に別れるという答えを出した。
逃亡組には戦う術を持たない人たちと戦える自信が無い人が入り、攻撃組には戦う覚悟を決めた7人と私が入る。
「戦えるの?」
根暗で無口でひょろがりの私が戦うというのだから不安に思うのも疑問に思うのも当然だろう。
「一度だけなら」
私の返答に、攻撃組の人たちが判断に困った顔で顔を見合わせて、攻撃組の意思を表明するように西園寺さんが言った。
「どうやって?」
もっともな疑問だが、私もどうなるか分からないから正直には答えられない。
「遠くから……ドカンて」
また攻撃組が顔を見合わせた。先ほどとは違う、それが本当なら連れていく価値はあるんじゃないかと検討するような顔で。
「一度だけなの?」
私が頷くと、攻撃組は再度悩ましげな顔を浮かべた。
「それって、強いの?」
私は首を傾げて言った。
「たぶん」
「たぶん……」
攻撃組の悩みは攻撃後の私をどうするかだったが、そこは西園寺さんが請け負った。
「私の攻撃は投石がメインになるし、私なら田中さんを背負って逃げても問題ないし」
ということで私は変態怪力清楚西園寺さんのおかげで何とか攻撃組に入れてもらえた。ありがたやありがたや。
昼食後からは全員で攻撃組の準備を整え、15時には攻撃組は城を出発した。
逃亡組は翌日に出発する。
攻撃組は勝てないと判断したら逃亡組を追いかけることになっているが、今生の別れになるかもしれないからと、攻撃組全員に数年は暮らせるだけの財貨が渡された。
これが二リットルの水が入ったペットボトルより重く、スクールバッグを背負う私の両肩にずっしりと食い込んでいる。
「一番の心配は土地勘が無いことだな」
地図はある。古いゲームのドットで出来た地図みたいな地形も道も表示されていない現地の人間にしか分からない大雑把な地図が。
「方位磁石があれば道を無視して移動する事も出来るんだけど」
たぶん城の何処かにはあると思うけど、出発までに見つけることは出来なかった。
「田中さん大丈夫?」
段差やへこみを乗り越える度に十センチは跳ね上がっているだろう荷台の荷物の上にうつ伏せで寝そべってしがみ付いている私は、喋ると舌を噛みかねないのでコクコクと西園寺さんに頷いて大丈夫だとアピールする。
私を除いた攻撃組全員が自転車を普通に漕いでいるくらいの速度で走っていて、荷車と私が居なければ倍の速度で走れる上に、その速度で一日中走っていられるらしい。
「桐生君と真田君は大丈夫かな?」
二人は、荷車と私が居るせいでこれ以上スピードを出せない攻撃組に先行して街道の安全と敵の軍勢の早期発見をしてくれている
「二、三日中と言っていたから、今日は見つからないんじゃない?」
「いや、二人が今日中に見つける可能性は十分にあるよ」
陸上部の篠山君が言うには、十万の大軍が一日に移動できる距離は十五キロから二十キロくらいで、およそ時速30キロで走り続けられる二人なら日没前に敵の軍勢を見つけてもおかしくないらしい。




