12
私の朝飯が地面にぶちまけられて念入りに踏みつけられている。
つまりこれは、リメンバー・パール・ハーバーだ。
宣戦布告していたとかそうするしかなかったとか、そんな言い訳はクソどうでもいい。
最初に殴ったのはお前らだ。殴り返されたからって被害者ぶった文句を言うんじゃねえ。
それが嫌なら黙って通り過ぎれば良かったんだ。
でもお前らはそうしなかった。
「嗚呼。お腹空いたなあ」
何も無ければ今頃は腹一杯でハンモックに寝転がって、腹ごなしの二度寝をしていたかもしれないのに……
私は追いかけた。盗られた荷物を取り返し、腹を満たすために。
地面に手がつくぐらい姿勢を低くして忍び寄る。
(警戒が甘いな)
私が追いかけて来るという想定をしていないのか?
私の全ての荷物を盗ったのに?
それで何で私が奪い返しに来ないと思うんだ?
私の手には片手剣と短剣が握られているのに。
まあ、都合がいいからいいけど。
最後尾を歩く弓使いの背後に忍び寄った私は、狙い通りの場所を刺せるように、片手剣の剣身を指でつまんで、剣先がブレないようにしっかりと両手で固定してから突き刺した。
骨と骨の間を通る様に寝かした刃が肩甲骨の下を通ってその先にある心臓に刺さる様に。
声は出ない。体が息を吸う事も吐き出すことも出来ないくらい驚いているから。
でもそれは一秒二秒の間だけ。口を開けられないように顎を上に向けて、声が漏れないように鼻を指でつまんで塞ぐ。
突き刺した片手剣をぐりぐり捻ると、抵抗しようとした弓使いの動きが止まり、力が入らないのだろう。上げようとした腕がだらりと下がり、握っている片手剣の柄に、ずしりと弓使いの体重が圧し掛かった。
私は音がしないようにゆっくりと弓使いの体を地面にうつ伏せに寝かせる。
そしてその背中を踏みつけ、その背中に刺さっている片手剣を両手を使って引き抜いた。
もし他の仲間に気付かれたら、弓と矢を奪って逃げようと思っていたが……未だに誰も気づいていない。
私は弓を拾い、弓使いの肩に掛かっている矢筒を奪って自分の肩に掛けた。
弓はリカーブボウで、馬上で使う事も出来るくらい取り回しが良く、扱いになれていれば一秒間に二射する事も可能な中型の弓だ。
試しに矢を番えて引いてみる。
(うん。悪くない)
十メートル以内なら狙った場所に当てられると思う。
私の荷物を奪ったタフガイたちの悲鳴が聞こえる。
矢が刺さった痛みで悲鳴を上げているなら、ずいぶんと軟弱な連中だ。私なら自分の手足に矢が刺さっても悲鳴なんて上げたりしない。敵に自分の居場所を教えることになるから。
草木を揺らさないようにそろりそろりと斜面を登る。
奴らより上に陣取れば、それだけで弓を持つ私に奴らは抵抗できなくなる。
「ウーノ!お前も身を隠せ」
余計な事を。
私は全力で草木の生い茂る斜面を駆け登った。
(馬鹿め!)
逃げようと思ったが、私が斜面を登る音を聞いて欲が出たのだろう。
私が街道に出てくる所を待ち伏せて切り込めば矢を射る前に殺せる、と。
私は足を止めて草陰に隠れている気配に向かって矢を射ると、腰のベルトに抜き身で差していた片手剣を抜いて再び斜面を駆け上がった。
「くそ!」
腕に矢が刺さった草陰に隠れていた男の剣を弾いて、その頭に片手剣を叩き込む。
街道から見える草木が生い茂る下り斜面の、一部の草が不自然に揺れているのが見えた。
私は抜き身の片手剣を腰のベルトに差して、矢を番える。
そして、草木が生い茂る斜面を慎重に下りて、草木に身を隠しながら逃げる足に矢を受けた二人の男達の背に矢を射る。
「助けてくれ。頼む。助けてくれ」
まだ昼にもなっていない時間だが、ダナヘトラ様は生贄を受け取ってくれるだろうか?
「生きたまま私の皮を剥ぐんだったか?」
這って逃げる男の一人の背中を踏みつけて、その背中に月の女神ダナヘトラ様のシンボルマーク三日月を片手剣で刻んで祝詞を上げる。
「恐れ多くも我が神ダナヘトラ様。我に御業を与えたまえ。我が願いを邪魔するものを退ける御業を与えたまえ」
踏みつけていた男の体が消えた。
「ひいいい!」
それを見たもう一人の男が、私を遠ざけようとがむしゃらに剣を振る。
私はそれを力尽きるまで眺め、力尽きた所で片手剣を持つ手を斬り飛ばし、その背中を踏みつけて三日月を刻んで祝詞を上げる。
与えられた御業は、身体強化。並の男相手なら力負けしない程度の力と建物の二階から飛び降りても膝や腰を痛めない程度の強度、を得たらしい。
「悪い子はいねえがあ?」
あと一人、最後の一人の足跡を追う。
「捕まえたらどうしてくれようか。じっくりと炙って焼けた肉を削いで、食ってやろうかあ!」
藪の一部が不自然に揺れた。
「そこかあ!」
わざと大きな音を立てて近づく。
「ああああ!」
冷静であれば距離感を誤らなかったかもしれないが、男は恐怖と焦りで飛び出すタイミングを間違えた。
男が隠れていた藪からまだ5メートルは離れている私に向かって飛び出してきた、しまったという顔をした男の太ももに矢を射って、前のめりに倒れた背中に最後の矢を射る。
「情けは人の為ならず。人でなしに生きる価値はない」
男の背中に三日月を刻んで祝詞を上げる。
野営に便利な闇魔法を貰った。
「何をしている」
街道に転がっていた死体を斜面の下まで転がしていたら、街道からこちらを見下ろしている子供連れの初老の男に声をかけられた。
「返り討ちにした盗賊の死体を片付けているんですよ」
声を好青年らしい声に変えて言った。
「ほう。その盗賊の顔を見ても構わんか?」
「いいですけど、知り合いでも文句言わないで下さいよ」
「安心しろ。私の知り合いにその様な不届き者はおらん」
私は転がしていた男の顔が見えるように仰向けにして、そこから5メートルほど離れた。
「弓を使うのか?」
頭を叩き割られて死んでいる男を見た初老の男が言った。
「狩りが出来るほどの腕はありませんよ」
初老の男が笑った。
「それが嘘でも余所者の私にはどうでもいい事だ」
密猟は何処でも重罪だ。疑われるだけでも罪に問われかねない。
「邪魔をしたな」
初老の男は、頭を叩き割られた男の顔を見て一瞬驚いた顔をした十歳くらいの少年を連れて街道へ戻って行った。
「返り討ちにしたのはそいつだけか?」
草木が生い茂る斜面を登って街道に戻った初老の男が言った。
「ええ。そうですよ」
「良い腕だ」
「運が良かっただけですよ」
私は子連れの初老の男の気配が消えると、ふーと息を吐いて警戒心を解いた。
「ありゃ只者じゃないね」
実際の強さは戦うまで分からないが、最初っから最後までつけ入る隙が無かったのだから弱くは無いのは確かだ。




